お題︰目が覚めると
ハッと目が覚めると愛しい人が鼻血を垂れ流して横たわっていた。懸命に腕で体を支えて起き上がろうとしている。血で顔を汚して、小さな血だまりを作りながら。
「ごめ、ぅっぐ……ごめん、ね、けが……けが、してなあい……?」
酷く腫れ上がって垂れた左目を更に垂れさせて微笑を浮かべた。右手は腹部を庇うように抱えている。きっと殴られたのだ。誰に?
「お前、怪我して」
「ちがう、あなたが、怪我っ……ぉエ……う、ごめ……ごめなさい、あなたは、怪我してない?」
「……してない」
果たしてなんと答えるのが正しいか、その知識も教養もなかった。全身ボロボロになって肩で息をしても尚他人の心配をするこの人に何をすればいい、何ができる。
「そう、よか、た」
今にも吐き出しそうに嘔吐いている。ガクガク膝が笑って上手く立ち上がれないようだ。目が合うと、また、じっとり微笑んだ。
「ちょっ、と、お手洗い……すぐ、戻るから、ね」
ズル、ズル、壁を伝って歩く。鼻血が頬を伝って、壁に赤い線を描いていく。
何がなんだか処理しきれない。ただ相手の状態しか理解できずじっと見つめる以外体が動かない。
また目があった。
「だいじょおぶ……だいじょおぶ、あったかいココア、いっしょに、のも、ね」
再びばったりと倒れてしまった。気絶するのは初めてだ。一体どれほど殴ったのだろうか。
あ。
目が覚めるとここはゴミ屋敷だった。ストレスで物を投げ散らかしていたことに気づく。握りしめた右手の血に気づく。目が覚めて、自分のせいで愛しい人が鼻血を垂れ流して横たわっていたことに気づいた。目が覚めて、しでかした事に、気づいた。
7/10/2023, 11:42:00 AM