"心の旅路"
心は部屋のようなもの
他人に自由に立ち入らせる人もいるし、絶対に扉を開けようとしない人もいる。
それ自体は当たり前で、そんな人それぞれの心のあり方を咎めるというのは常軌を逸している。
例えば、先ほど挙げた例の前者の人がいるとすれば
「自分はこんなに心を開いているんだから、そっちも同じようにして欲しい」
と無理やり鍵をこじ開けて土足で入ってくる輩もいる。
私はそんな人を蹴っ飛ばして追い出してみるが、追い出したとしても気が晴れることはない。
そういう奴は追い出してみても、自分が悪いとは全く思わずキーキー喚く。
もちろん、前者の人が全員そうではないということはわかっている。
そして、後者である絶対に扉を開けない人には、私は扉をノックして返事が返ってくるのを待ってみる。
人によっては開けてくれるし、人によっては扉越しに会話をしてくれる、人によっては全く返事がないこともある。
だがそれも人としてのあり方で、心の置き方。
扉の扱い方は生きていく上で決まっていく。
だからこそ全員がそれぞれ違っていて、絶対にそれは誰も咎めていいものではない。
何度でも言いたい。
私が決めた扉の扱い方を咎めるのは、私が生きてきた痕跡を否定するのは
常軌を逸している!
12/29/2025, 3:57:06 AM