第四十九話 その妃、破天荒也
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「その前に、せめて返事くらいは聞かせてもらえませんか」
急に肩が重くなる。頬に触れるやわらかな髪がくすぐったい。触れ合う場所が、あたたかい。
何も言わないまま、そっと髪を梳く。僅かに、体が震えた。
もたれかかっていた体が、ゆっくりと離れていく。
それに淋しさを感じる間もなく、今にも触れそうな距離で目が合った。
そうしているうちに、つんと指先が触れ合う。ぎこちなく、遠慮がちに、様子を窺いながら。
きゅっと、指先を握られる。気遣うような強さで。でも、離したくないと、必死さが伝わる強さで。
「……あんたは、本当にいい奴よ。私の我儘にも嫌な顔一つしないし、無茶振りだって叶えてくれたわ」
あんたがどんな人間なのか、なんて。そんなの、誰よりも知ってる。それなのに……。
「ねえ。他にいなかったわけ?」
「いるわけないでしょう」
「物好き」
「……僕では、釣り合いませんか」
「そうは言ってないでしょう」
それを言うなら、此方の方だ。
人として、あんたの足元にも及ばない。たとえお気に入りという先入観がなくても、自慢して歩きたいくらいには、あんたは本当にいい男だ。だから。
「そう言ってくれてありがとう。でも、あんたが求めてる関係にはなれない。……ごめんなさい」
「謝らないでください。結果はわかってましたし、僕にとって重要なのは、そういうことではないので」
「? どういうこと?」
ふっと泣きそうな顔で笑いながら、彼は静かに手を離す。
「あなたが生きていてくれた。……そのことが、僕にとっては何よりも大切で、心の底から嬉しいんです」
離れていった手を、高鳴る胸の衝動のまま追いかけた。
「じ、ジュファ様?」
「馬鹿じゃないの」
あの日、自分の存在を消した時から、全てを諦めた。彼に、全てを捧げるために。
その目に映ることも、話をすることも、触れることさえ、もう叶わないと思っていた。
でもそれは、決め付けていただけに過ぎない。現に父や兄たちは、妹の存在を取り戻してくれた。
結局は、諦めたらそこで終わりなのだ。
なら、……何が何でも諦めて堪るもんですか。
「不確かなことは言えないわよ」
「……はい」
「それでも、いいのね」
「……言ったじゃないですか。僕は、あなたが――」
あなたが生きていてくれたら、それでいいのだと。
そう続く言葉ごと飲み込んでから、強引に掴んで引き寄せた胸倉をそっと離した。
「なら、精々私が迎えに行くまで、いい子で待ってなさい」
「…………え?」
「いいわね」
「え。いや、今……え?」
「返事」
「は、はい⁈」
そもそも、性分じゃないのよ。
ぐだぐだうじうじして、こんなのらしくないじゃない。
「因みに私は、生きてるだけじゃ全然足りないから」
「へ?」
お望み通り、存分に振り回してあげるわ。
“破天荒”らしく、この人生全てを賭けてね。
#胸が高鳴る/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/19/2024, 2:55:10 PM