NoName

Open App

虹の架け橋🌈


「雨が上がったらここを出よう」
なんて言ったけど、本当はあなたといたいから雨はやまなくてもいいと思っていた。
静かな図書館の片隅で、雨の匂いと雨音だけが私たちを包み込む。曇った窓の外の世界はぼやけていて、私たちのいる場所だけ世界から切り離されてるみたいだった。
「今、なんの本読んでるの」と聞くとあなたは私の知らない海外のSF作家の名前をあげた。
「設定がすごく独創的でさ……」
私はその分野はさっぱりだったけど、言葉を弾ませるあなたの話を聞くのが好きだった。
会話が途切れた時あなたはそっと私の手を握った。驚いたけれど、あなたの手のひらから伝わるぬくもりと鼓動に胸がいっぱいになった。
図書館の受付から死角になっていて私達の他に誰もいないのをいいことに、私たちは唇を重ねた。好きだと言葉で伝える前に、そうすることが当然のように。
唇が離れた後あなたは「もう雨は上がったかもな」なんて何でもないフリをして曇りガラスを拭った。
その時だ、虹がかかっているのを二人で見たのは。
雨雲を残した空にうっすらとかかった虹──私たちは思わず顔を見合わせて笑い、また手をぎゅっと握り直した。まるで誰かが私たちが想いを通わせたことを祝福しているみたい──そんなこと思うほど浮かれている自分がおかしかった。きっと彼も同じだったんだと思う。私たちは目を合わせ微笑みあい、吹き出して笑った。
それから私たちはやはり、そうするのが当然みたいにキスをした。手を強く繋ぎ直して、唇は柔らかく合わせた。静かな図書館の片隅、音が響いてしまわないようにそっと、でも何度もキスを繰り返した。キスの合間に虹を見ることもせず、ただ幸福な時に身を委ねていた。


雨上がりの空に、虹が大きくかかっている。
あの日と同じようにあなたは私の隣にいる。でもあなたはもう私の手を握ろうとはしない。今は虹がかかる空を美しく切り取って写真におさめることに一生懸命。あなたがスマホを空にかざす隣で、私は薄くなっていく虹を見つめていた。あの日図書館の一角で私たちが夢中でキスを交わしていた時、いつの間にか虹は消えていたことを思い出す。あんなキス、もう今の私たちには出来ないだろう。
でも私達はまだこうしてお互いの隣にいる。
私は静かにひとつ空に願いを掛けていた。
虹は儚く消えてしまうけど──私とあなたの間に架かる梯子は消えることはありませんように。
虹の端は次第に薄れて空に溶けていく──消えちゃうよ、虹。あなたにそう声をかけようとしてやめた。結局私はあなたに、何かに夢中になっていて欲しいのかもしれない。
一人で虹を眺めていた私の手を、あなたの手が掴む。あなたは探していたものを捕まえるようにぎゅっと強く私の手を握り締めた。その力強さと温かさに、私は思わず息をのむ。あなたのぬくもりに、いつだって私は満たされる。


9/21/2025, 10:26:48 PM