お金より大事なもの
郵便受けを確認するが、案の定何も届いていない。ビール瓶が詰まったレジ袋は重く、段差を上る動作に揺れる中身が、年老いた膝を打ち砕いていく。とは言えまだまだ年齢としては若い方なのではあるが、このようなことを言っている時点でもう若者ではないのだろう。
安直なヨーロッパ調の錆びた手摺。小石が剥き出しになった階段。大きく軋むわけではないものの妙に不愉快な振動を伴って開く木製の扉。汚れたシンクが取り付けられた薄暗い廊下を歩く。建物の隙間から差し込む淡い光が、テラテラとした滑らかな床材に反射している。四畳一間の寝室に、薄汚れた原稿だけが転がっている。
パソコンを買う勇気もなく、後一歩踏み出せないうちに買う金も無くなった。毎月のように紙を買う。
袋を下ろしたその手で早速買ってきたビールを飲むが、温い。
もう大学生になっているであろう甥っ子の記憶の中での姿とちょうど同じ背丈の冷蔵庫に、開けっぱなしのままのカンビールを入れる。冷蔵庫を閉めると途端に暗くなったように感じる。
磨りガラスの窓を開けて精一杯の夕陽を取り込んだ部屋で、今日が曇りじゃなくてよかったと考える。書きかけていた原稿の続きを綴る。
机はないので床で描く。
3/9/2026, 8:48:03 AM