【私の当たり前】
屋上の扉を開けて、フェンスに背中を開けて体育座りをしたクラスメイトへと近づく。無言で隣に腰を下ろせば、君は少しだけ視線を持ち上げた。
「君は、気持ち悪いって思わないの?」
絞り出された声は上ずり震えていて、まるで泣いているみたいだ。視線は一切向けないまま、私は淡々と言葉を返した。
「別に。だって君には何かがわかっていて、だから助けようとしただけなんでしょ」
昨日の放課後。危ないから離れてと切羽詰まったように君が声を張り上げた直後、すっ飛んできた野球のボールで窓ガラスが粉々に砕け散り、廊下でだべっていた生徒たちへと降り注いだらしい。まるでガラスが割れることが事前にわかっていたみたいだなんて、そんな悪意に満ちた噂が一人歩きし始めるのは早かった。
人間は、理解できないものを排除したがる。仕方のないことだ。そうわかっているから私は、私の目に映るものを必死に隠して日々を生きている。
物心ついた時からずっと、私の右眼には『この世ならざる世界』が視えていた。狸たちが夜を踊り明かし、青空を龍が悠々と散歩し、夕暮れ時には三つ足の烏が西の空を飛んでいく。それが私の当たり前だった。
だけどそれは私だけの当たり前だ。他の人たちの当たり前とは明らかに違う。仲間はずれにされないように、波風を立てないように、私は私の当たり前を隠し続けてきたし、きっとこの先も隠し続ける。
「君は偉いね」
君だって君の当たり前が他の人たちの当たり前と違うことくらい、とっくに理解していただろうに。それでも誰かを助けるために、君は自分の当たり前を人前に曝け出した。たぶん私には一生できない、愚かで優しい行為だ。
見上げた空には相変わらず、巨大な龍が浮かんでいる。その鱗の数をぼんやりと眺めながら、私は君の隣に無言で座り続けた。
7/9/2023, 1:11:42 PM