『ひとひら』
桜が散った。葉桜と言うにはあまりにも桜の面積が狭くなった。
新学期が始まっても、隣の席の君を一度も見かけることは無い。
いずれ机も椅子もロッカーも撤去されてしまうのだろうか。君がこの教室にいたという形跡が全て消されてしまうのだろうか。
君はまだ生きているというのに。
掃除の時間になると、僕は君の机も拭く。
いつ帰ってきてもいいように。
長い旅を経て、やっと帰ってきた我が家がホコリだらけだとどこか寂しいでしょ?
だから僕は今日も君の机を拭く。
君が寂しくないように。
机の上に飾られている花は僕が水を変えている。
季節に合わせて、君が好きだと言っていた桜を。
先生にお願いして飾る花を選ばせてもらったんだ。
校庭の端の桜の木から落ちていた枝で申し訳ないのだけれど、背の低い僕には花が咲く所まで手が届かなかったんだ。
君はあの日、僕に言ったんだ。
「桜が綺麗だね」って。
この言葉に隠された意味、君ならきっとわかるよねって寂しげに微笑む君に僕はうなづいたんだ。
僕は君を信じている。
君が僕に嘘をついたことは一度もないから。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
君は絶対に帰ってくる。
桜が綺麗だねって君が言ったから
またここで会おうって君が言ったから。
だから僕は今日も君の机を拭いて、桜の水を替えて君を待つ。
桜の花がひとひら、ひとひらと散る。
この校庭で君を待つよ。
2025.04.13
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4/13/2025, 12:32:16 PM