答えは、まだ
田舎の実家の裏山に見事なヤマハギの木があって、毎年花が咲く頃に祖父を訪ねて来る人がいた。
薄紫の着物を着た綺麗な女性で、なぜか決して門より中に入ろうとせず、祖父が出て来るまで表で待っている。
「まだでしょうか?」
「まだです」
それだけの会話を交わすと、女性は黙って帰ってゆく。
その後祖父は少し沈んだ様子になる。
そんな光景が、僕に物心ついてから実家を出る少し前まで続いた。
最後に見た女性はとてもやつれていて、「まだでしょうか?」の声も消え入りそうにか細かった。
「まだです、すみません」
祖父の答えもどこか悲哀を帯びていた。
そしてその年の冬、ヤマハギの木が枯れた。
祖父は裏山で長い間手を合わせ、初めて僕に事情を話してくれた。
まだ少年の頃、萩の化身と出会って求愛され、それからずっと返事を待たせてきたのだと言う。
「たおやかに見えても怪しだからな……他に逃げる方法を思いつかなかったが、可哀想なことをしたかもしれん」
祖父はぽつりとそう言った。
9/17/2025, 3:07:06 AM