「ねえお願い……」
ドアの前で懇願する私を見ても、彼の決心は揺らがなかった。私の目を見て、ゆっくりと首を振る。
「そんな状態でいっても、殺されるだけよ。今は警察に任せて……」
「警察は買収された」
彼は静かに、淡々と言い放った。
「このままにはしておけない。誰かがやらないと」
「あなた怪我してるのよ? 立ってるだけでフラフラじゃない。スーツの下はミイラ男。目の青痣も引いてない。歩くのにも足を引きずってる……」
彼は私を優しく制した。
「わかってるはずだ。僕じゃなきゃだめなんだ」
「あなたが死んじゃう」
「みんな同じだ。このままじゃスナイダーさんみたいに遅かれ早かれ殺される。これ以上僕の街で奴の勝手を許すわけにはいかない!」
彼は珍しく声を荒げた。その怒気に一瞬身がすくんだ。街の犯罪者が彼を恐れる理由が、少しわかった気がした。
「お願いだから、そこを退いてくれ」
私は震えながらも唇を強く結んで、首を横に振った。
「いや」
彼の目はどことなく悲しそうだった。
「すまない」
それだけ言うと、彼は目にも止まらぬ勢いで窓から飛び降りた。慌てて下を覗くと、彼は都会の喧騒の中を跳び回り、闇に消えていった。
「だめ!」
私は夜空に向かって叫んだ。
「行かないで……」
その声を聞いてくれる人は、もういなかった。
『行かないで』
10/24/2022, 10:45:51 AM