「その髪型素敵だね」
知ってる。
「その服、似合ってる」
知ってる。
「差し入れありがとう。これ僕が好きなお店のスイーツなんだ。覚えててくれたんだね」
当たり前でしょ。
だって今の私の全ては、あんたに近づくために用意したものだもの。
父を害し、その影響で母を再起不能に陥らせたこいつに仇なすため、いつだって好機を狙ってる。
やろうと思えば差し入れに毒だって盛れるし、ナイフで刺すことだってできる。
いっそ捕まったって良い。
けれどこいつに近づいてから、ナイフを握る手が緩んでしまうことが増えた。
こいつが気に入るメイク、服装、仕草……何でも好きなものを把握してそれを実行してるだけであって、褒められるのは想定内だった。
それなのに褒められる度、嬉しそうに目を細められる度にどこか喜んでいる自分がいた。
最近では、本当にこの優男がやったことなのか疑問が頭をもたげている。
その度に馬鹿げた思考を追いやる。
確実にこの男なのだ。
例えナイフを持とうとする決意の手を、優しく取られたとしても。
……もう少し、こいつの意図を探ってやろう。
*********
今日も彼女は可愛らしい。
僕に笑顔を振りまくその裏で、戸惑いながらナイフを握っているのはわかっている。
彼女を手に入れるのに障害となる、彼女の両親を排除して正解だった。
想定外だったのは、彼女が僕が思うより積極的だったこと。
そして、僕に近づくためだけに自分を捨てて、毎日僕の好きなことだけをしてくれること。
彼女の願いなら、仇を討たせてあげてもいいんだけど、優しくする度に決意の手が緩み、葛藤する彼女を見ているのはとても楽しい。
あとどれだけ堕とせるだろう。
できるなら、もう僕なしでいられなくなるまで。
「取る手を振り解くまでの間」
⊕優しくしないで
5/3/2024, 2:50:48 AM