まにこ

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かつて、あんなにも恋焦がれた空が、今はもう足の下にあるという事実にA子は興奮を隠しきれない。
「うわー!見てみて!富士山のてっぺんが見える」
A子の隣で柔らかく微笑むB男は、幼子のようにはしゃぐ彼女のことを心底愛していた。
だからこそ、彼は彼女にとっておきのサプライズを仕掛けている。
暫し窓の外を堪能していたA子は、そう言えば、とB男の方を振り返った。
「B男くん高い所が苦手なのに、どうしてこんな旅行を考えてくれたの?」
「それはA子ちゃん、君を愛しているからだよ」
B男は懐から小箱を取り出し、カパリとA子に向けて開いた。
箱の中で小さく輝くそれを見たA子は見る見るうちに顔色を失う。
「僕と結婚しよう、A子ちゃん」
「……あ、えっと……」
B男は全てを知っていた。
今回の旅行を最後にA子は別れを切り出そうとしていることを。
そして既に違う男と結婚の約束をしているということも。
彼女の戦慄く唇が何か言葉を発しようとするも、それは声にならなかった。
その様子に分かりやすく口角を釣り上げるB男。
「僕はA子ちゃんを愛している。……だからね、」
突如飛行機が大きく揺れる。途端にざわめきだす機内。
落ち着いてください、とキャビンアテンダントが声を張り上げている。
そんな異常事態など歯牙にもかけない様子で、B男は震えるA子の手を優しく取り、薬指にキラリ光る輪を掛けた。
「A子ちゃんは空が好きだったよね」
一緒に行こう、永遠の空に。
けたたましく鳴る非常ベル。機長のアナウンスがどこか遠くに聞こえる。

4/3/2025, 6:34:05 AM