秋茜

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“今日にさよなら”

 歩けば犬のうんこを踏む。朝のバスは道が混んでいて時間通りに来ないし、やっと来たかと思えば一駅一駅ご丁寧に停車するものだから急いでいる身としては焦れったくてたまらない。結果として、いつもの電車に乗ることが出来ずに学校に着く時間が遅れる。部活の為に家を早く出ているので、授業には間に合ったが、やる気満々だった朝練は出来ずじまいで、部活は放課後にお預け。存在を忘れていた小テストの出来具合は最悪だし、昼休みに意気込んで買いに行ったお気に入りのパンは売り切れていた。楽しみにしていた放課後の部活は突然の大雨で中止。しょうがなく先日買ったばかりの折り畳み傘をさして帰ろうとするも強風で壊れて早々に使い物にならなくなった。

「さいっあく……」
「なんだよテンション低ぃな」

 バスを待っている間、今日一日のことを思い返してボヤけば、隣に立つ幼馴染が呆れたようにこちらを見上げる。俺の身に起こった不幸を知っている癖に理解のない態度。八つ当たりしたくなった。

「当たり前だろ!? こんな何もかも上手くいかないことある!?」
「俺にキレんなアホ!」
「痛え!」

 ギャンギャンと吠えれば、デコに物理的なしっぺ返しを食らって口を尖らせる。優しくない。

「可哀想すぎない? なに? 俺なんかした?」
「日頃の行いが悪いんだろ」
「少しは優しくしてくんねえ!?」
「めんどくせぇなあ……」

 はあ、と大きなため息をついてこちらを一瞥する。それから口をへの字に曲げて手のひらを開閉する動作を繰り返す。何かを考えている時の彼の癖。慰めようと言葉を探しているらしい。結局のところ優しいのだ。

「厄日なんだろ」
「お手本に出来そうなくらいね」
「っつーことは、アレだよ。厄落とし? できたんじゃね?」
「今日一日で?」
「おう」

 真面目な顔で頷いて、言葉を紡ぐ。今日にさよならすれば、しばらくは大丈夫だろ、と。

「今日にさよなら……」
「なんだよ」

 思わずその顔をじっと見つめれば落ち着かない様子でこちらを見返す。随分と詩的な言い回しをするものだ。なんて、言えば怒られるのは目に見えているのでなんでもないと濁した。受け取った言葉を反芻するうちに、段々と苛立っていたのが馬鹿らしくなってくる。

「……うん、そうだね。ありがと」
「……お前が素直にお礼言うとかキモイな」
「おいコラ」
 
 やいやい言い合っているうちにいつの間にか晴れあがっていた空を見上げる。大丈夫。今日がどんなに最悪でも、あっという間に別れが来る。
 そうしてさよならしたらまたあした。なんの曇りもない、まっさらな一日が始まるのだから。

2/19/2024, 9:09:53 AM