燈火

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【鏡】


顔を上げると、あなたに相応しい私と目が合う。
やっぱりメイクって偉大。それに、とっても素敵。
あなたに会う日だけは、誰が見てもきれいな私でいたい。
この気持ち、なにか間違っているのかな。

男の人はよく、無責任な言葉を口にする。
メイクしないほうが良いとか、素顔も絶対に可愛いとか。
口では感謝を述べるけど、心では余計なお世話だと思う。
メイクをするのは私のためで、有象無象のためではない。

あなたはそんな甘い言葉を一度も吐かなかった。
上手だね、よく似合ってるって褒めてくれる。
きっと偽らなくても貶すことはしないだろうけど。
自信を持ってあなたの隣に立つには、魔法が必要なの。

初対面の大学生の時、私は既に素顔を晒していなかった。
だから、あなたは本当の顔を知らない。
キャンバスのように彩られた私しか知らない。
緊張するけど、次の泊まりの日に私は仮面を脱ぐ。

同棲しないか、と何度もされた提案を断ってきた。
空を飛べそうなぐらい嬉しいけど、怖かったから。
だって、あなたはまだ素顔の私を知らないのに。
失望されたら。嫌われたら。想像だけで不安になる。

男の人はたいてい、顔を一番重視するでしょう。
少なくとも、今まで親しくなった人はみんなそうだった。
メイクを知る前の私は、自分ですら好きでなかった。
あなたの入浴している今、あの頃の私に戻る。

メイクは私の戦闘服だから、ないと弱気になってしまう。
お風呂上がりのあなたがキッチンに来て、目が合う。
表情の変化を見たくなくて俯くと、ため息が聞こえた。
「なんだ」安堵だった。「少しは信用してもらえた?」

8/19/2023, 9:06:38 AM