【巡り会えたら】
「もしも……もしもの話だよ?」
穏やかな午後。風が白いカーテンを揺らす。
「…僕がもしも話を嫌いなのは知ってるだろ?」
僕は君の柔らかな髪を櫛で梳かしながら、呆れ半分に言った。
君は黄色の薄い花柄と、赤い糸のステッチが可憐なワンピースに身を包んでいる。一秒一秒、見惚れてしまう。
「ふふっ。…もし、今日私が死んじゃったとしてね。自殺じゃないよ、事故で。そしたら、転生できるでしょ?」
窓から、大きな玉が見えている。青と緑がまだらに描かれていて、私達はそれを【チキュウ】と呼ぶ。
今日は霞がかっているから、あまり綺麗には見られない。
君はそれを酷く愛おしそうに見つめながら言った。
「私はあそこに生まれたいな。あの美しい星に…」
いつもそうだ。君は【チキュウ】を愛し、憧れている。次はあそこに生まれたい、あそこに行きたい、あそこに触れてみたいと。
僕はその度、困ったような顔をするしかない。
「…だからもしも話は嫌いなんだ。君が死ぬなんて…考えたくないし、君がどれだけ【チキュウ】に行きたいと望んでも、それを叶えてあげられないから。」
君のもしも話はほとんどが【チキュウ】の話だ。
「だからこのもしも話をしてるの。ちゃんと聞いてよ。」
ぶすくれたように頬を膨らませる君はとても可愛らしかった。愛おしさが心を覆っていく。
「【チキュウ】に生まれて、平和なお家で育って愛をたくさん知って…。……そこであなたと巡り会えたら、花になりたいんだ。」
手が止まる。僕は驚きを浮かべずにはいられなかった。…君の未来に、僕もいるのか。
ふふっ、驚いた?と君は意地悪そうに笑う。
「花になりたいなんて、突拍子もないよね」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
体が動かない。こんなに驚いたのはいつぶりだろうか。
「花になって、風に揺られながら…偶に雨に濡れて、太陽が照らしてくれるの。それってきっと、とっても理想的なことよ。」
君はたおやかな笑顔で微笑む。見惚れて、気づいて、咄嗟に口を動かした。
「…………僕と、二人?君一人じゃなくて?」
僕は君のもしも話が嫌いだった。君のもしも話に、未来に、僕は居ないから。
「え?勿論。だって一人じゃ寂しいし、一緒にいるならあなたがいいから。」
髪を梳かし終わったのに気が付き、君は立ち上がった。
玄関へと向かう。僕は君が忘れた鞄をすぐに追いかけて渡し、見送る準備をする。
「巡り合えたらいいね、未来でも。」
君は酷く優しい顔をして扉を開く。そして、僕の心を抱き留めるように言った。
「それじゃあ、行ってきます」
10/3/2024, 11:28:28 AM