「きみといると雨ばっかりだ」
僕は呟いた。雫に打ち付けられながら見上げた空は雨模様。薄暗く曇って太陽を遮る。太陽のようだった彼女を直視しない、そんな僕を笑っているみたいだった。
「初めてのデートも雨だった。次もその次も、ずーっと雨。梅雨でもないのに雨なんだ。気が滅入るよなぁ全く」
初デート、どれくらい前だっただろう。忘れちゃったなあ。それでも僕は彼女と出かけるのが好きだった。傘をさして歩くのが、びしょ濡れになって笑うのが、子供に戻れたみたいで嬉しかった。そんなことしたことなかったから。
嬉しかったなぁ。僕ときみが出かける時にはあんまりにも雨が降るものだから、そのうち家で会おうなんて言われるかと思ったものだ。僕は家が好きじゃない。少なくとも人様に見せられる家じゃない。
だから嬉しかったんだけど。
「…ああ、いや。天気なんてどうでもいいんだ。僕が本当に話したいのはそんなんじゃなくて」
どこで間違ったんだろう。
僕は雲がかった心をそのままに呟いた。ぼんやりしていて自分の気持ちがわからない。本当にこんなことあるんだなぁと思うその感覚すらも、どこか遠い場所で起きたことのようだ。
「ねえ、どう思う?」
彼女は答えない。
僕は彼女の手のひらに自分のそれを重ねた。冷たい手のひらだった。馴染んだ温度にほっと息をつく。僕の手の甲に雨が打ち付ける。
「ははは、僕が悪かったのかな?」
彼女は答えない。
ぼんやり、生気のない瞳が僕を見上げる。よく見る目だった。前に付き合っていた彼女もこうだった。
「僕はきみを愛してなんかなかったのか?」
彼女は答えない。
そんなの愛じゃない、そう叫ばれたことがあった。何番目の女の子だっけ。忘れちゃったなあ。きみと付き合っているのが楽しくて、忘れていた。
「きみはどう?」
彼女は答えない。
返ってくるのは無言だけ。ああ死んじゃったか。
僕はまた空を見上げた。彼女に散らばった鮮明な赤と黒い赤、赤赤赤、それから目を逸らして空を見上げる。この赤色をどうか洗い流してはくれないか。そんなことをぼんやり願って呟いた。僕は手のひらにナイフを握って笑っていた。
「きみといると雨ばっかりだ」
都合がよかったよ。
僕の匂いも気にならないもんな。
5.31 『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』
5/31/2023, 10:20:01 AM