『エイプリルフール』
雨がしとしとと降り注いで、私たちを濡らす。
私の「待って」という声で、貴方は歩を止めた。
振り向かずに、背中を向けたまま貴方が立ち止まる。
貴方の背中は相変わらず、大きかった。
私はその背中が好きだった。
そっと手を伸ばして貴方の腕に触れる。
雨で濡れたからか、体温が酷く冷たかった。
貴方がゆっくりと振り返って、長い前髪の隙間から貴方の目が見える。
行かないで、なんて言えなかった。
その瞳が朧気で、とても静かだったから。
じっとりと濡れる。
服が肌に張り付いて、靴が染みる。
髪もメイクも、とっくに崩れてしまっている。
私の体を包むのは雨か、血か。
彼は私の表情を見て、一瞬目を見開く。
それでもすぐに逸らして前を向き、歩き始める。
あぁ、もう止められない。私じゃ彼を止められない。
優しい貴方はきっと、自分を責めてしまう。
ひとりで抱えてしまう。
私が死んだのは、貴方のせいじゃないのにね。
私の声は、本当はもう届かない。
貴方と私じゃ住む世界が変わってしまった。
ねぇ、お願い。
私を殺したあいつを殺して。
でも、お願い。
私の後を追わないで。
なんて嘘。
エイプリルフールは言葉を嘘にして、降り注ぐ雨で涙を嘘にしてくれる。
会いたい、なんて言えない。
小さな私の嘘はエイプリルフールの夜空に溶けて消えていった。
2026.04.01
62
4/1/2026, 10:37:38 AM