猛烈な吐き気が襲う。
「うぉ、お、え」
ケミカルな光が俺を嘲笑う。映っているのは推しのアイドル。けれどそこに写ってる彼女は、いつも見ていた砂糖菓子のような無邪気な甘さはなかった。
暗い部屋に不気味に踊るテレビの明かりと同じ。
不倫。世の中どこにだってあること。きっとこれがどっかの政治家なら、ゴキブリをたまたま見つけたくらいの嫌悪で住んだのだろう。
だが、これは無理だ。全てを捧げると誓っていたんだ。芯が折れるとはこういう事なのだろう。昨日まで幸せに生きてた日常の真ん中のでかい穴。生きては帰れないと思う。
分かっている、これが俺の傲慢だってことには。
アイドルだって、普通の人間で、恋もして、それがもしかしたら他人のものだったりして、それでも諦めきれなくて、都合が悪くなったら喚き散らすんだろう。
だって造形はともかく同じ元素で構成されているんだから。俺と同じ思考だってするんだ。だから、アイドルだったからと言って許しちゃいけないなんてことはあっちゃいけないんだ。だからこんな風に心が悪々しく染まるの俺が、きっとどす黒いだけなんだろう。
だから少しでも、吐き出す。
「やっぱりやってたか」
暗い部屋にはいつの間にか光の筋ができていた。
目が道を辿ると先には、テレビの中の顔と産んだ人の次によく知る女の顔。俺と同じように同じものにハマった唯一の親友だった。
表情は逆光で見えない。だが、その声音はあまり苦しくはなさそうだった。そんな彼女が憎たらしくて、自己嫌悪に至って、だからこそ感情が抑えられない。
「うるさい、おまえなんかにはわかんねぇよ」
「わかんないかもな」
「だから、おまえが!! ……いや、早くあっちいけよ」
光を膝で塞ぎ、見えないようにする。せめてもの抵抗だった。流れたのは短いけれど、長く長く感じた。
とてつもない大きなため息が響くと、ダン、と音が目の前で止まる。
「あんたがなんで悲しんでんのかは分かってる、私も追ってたから」
何も答えない。答えられない。
ゲロまみれの口元は恥ずかしかった。
「けれどな、あんたの気持ちなんざずっとわかんねぇよ」
「しってるよ。だからどっかに行けって言ってるんだ」
「ちげぇよ、わかんねーから知りたいんだ。知りたいからそばにいたい。あんただから」
胡散臭い言葉に、うざけがさしてなにか言い返してやろうという気になった。単純なのだろう、俺は。
ノロノロと視線をあげるとテレビの光もドアの隙間からの光も見えなくて、よく知った女の目が間近に見えた。そんなに近いと思わなくて、身を引こうとする。
がそれより早く女の手が俺の後頭部に添えられる。
「ウザイのはわかってる、けどな」
近かった目が。
更に近く。
世界が灯りもないのに瞬く。
彼女の口は美しく穢れていた。
「あんたも私のこと知らないだろ」
考えがまとまらない。けれどこれがどこか良くないことなのは分かっている。片方翼が折れた鳥が、もう1羽の空を奪おうとしている、ような。
「あたしを見ろ」
その思考も全て彼女に塗りつぶされる。
もう一度スパークする。
「もうダメだ、もう飛べないなんて思うな。
半分だけで飛べない翼ならあたしが半分担ってやる。」
「でも、それじゃお前の行きたいとこに行けないだろ。アイドルになりたいって言ってただろ、お前は」
精一杯の反論の答えは。
俺が彼女が何故それを目指すか知らなかった、ただそれだけだった。
11/11/2024, 1:13:15 PM