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踊るように、叫ぶように、駆け抜けた草原は、赤い絨毯のような色をしていた。
彼岸花に毒があると教えてくれたのは誰だっただろうか。
打ち捨てられた兵士の足、切り離された胴体。
コオロギが鳴くのを、汗ばんだ顔を拭いながら、その醜女は、ざんばらな髪を投げ打って、聞いた。
誰も彼女に声をかけなかった。
ただ、あるがなきがごとく、彼女は存在していた。
存在を許されていたのは、彼女が鬼であるからだろうか。
鬼……、獄卒。地獄から這い出てきたような、その足は、血と花の色に赤く濡れていた。この戦場で、生きているのは彼女しかいなかった。
彼女は、男の腸を、手に取った。
そうして、それを己が胴体に巻き付け、食らった。
貪り食らう。
それは、生命の循環から、逸脱した行為ではなかったか。
原っぱには、大量の死が転がっている。
女は食らうものとして、また死と生の一部であった。
その身体は、抗がえぬ、鬼籍の一部として、血に飢えていた。
麓の薄明かりが灯るか灯らないかの黄昏時のことであった。
しばらくの静寂が、その刻を包み込んでいた。
その女は闇に消えた。
誰も、女の行方を知らない。
今だどこかで、屍を食らっているのかもしれぬ。
戦国の世の事である。
その日、夜、牛頭の件が、一声鳴いた。
禍事を告げる声であった。

9/7/2023, 10:33:23 AM