『海の底』
高台にある学校から帰ると、我が家が海に沈んでいた。
学校からまっすぐ坂を下ると、右手側に我が家が見えてくるのだが……そこは既に海の中だった。
(そうか、もうここまで海になったんだ)
ちょうど一年ほど前だったか、急速に海が町を呑み込み始めたのだ。
もちろん人も同じように海に呑まれては消えていく、なんでもそのまま海の底で眠っているのだとか。
この町だけでは無い、世界中で同じ現象が起こっているらしい。
あまり詳しくは知らない。
というのも、別にニュースで報道されたりしている訳では無いのだ。
ネットで調べてみても個人のSNSで『海の中なう(≧∇≦)』みたいな投稿が、沈んだ家の画像と一緒に引っ掛かるだけ。
何だか知らないけど、そういうものなんだろう。
そうして坂の半ばでボーっとしていると、後ろから話しかけられる。
「あー!〇〇ちゃんちょうど良かったわ、ちょっと待っててくれる?一度家に戻るから!」
そう言うと坂の上に急ぎ足で登っていく人物。
近所のおばさんだ、母の友人で私にも親切にしてくれる気の良い人。
数分後、何かを持ってこちらに歩いてくる。
「コレ、前に〇〇ちゃんのお母さんに肉じゃが貰ったのよ。その時に預かったのを返そうと来てみたら、〇〇ちゃんのお家がもう海に沈んじゃってるでしょ?困ってたのよ〜」
渡されたのはタッパーだった。
そういえば前に母からそんな話を聞いた気がする。
「『肉じゃが美味しかったわ』ってお母さんに伝えておいてくれる?〇〇ちゃんも待たせちゃってごめなさいね〜、風邪ひかないようにね?」
それだけ言うと坂を引き返して家に帰っていった。
おばさんを見送った私は、取り敢えず我が家に帰るため海に入る事にした。
右足から入って左足、腰、胴、肩……そして頭。
全身が海にすっぽりと入ったが、不思議と体に対して浮力は無く、地面に足をつけて歩く事が出来る。
恐ろしさは感じなかった、それどころか心が落ち着いていく感覚すらある。
そのまま我が家の前まで来た私は、玄関の鍵を開け扉を開ける。
「ガポァイバァ ー(ただいまー)」
口から泡を出しながら声をかけると、廊下の奥から鮫が現れこちらに向かって泳いでくる。
鮫はそのまま私の目の前を通り過ぎると、開けたままだった玄関からゆったりとした動きで出て行った。
……なかなか貴重な体験が出来たんじゃないだろうか?
玄関を閉めた私は自室に鞄を放り投げると、台所にタッパーを浮かべる。
そのまま母と父の寝室に行き覗いてみれば、二人とも既に布団へ横になり眠っていた。
……メモ紙が浮いている。
『〇〇へ
先に寝てます
父、母より』
(見たら分かるよ……まぁ、別にいいけど)
私の親は二人とも天然が入っている、本人達は否定するが間違いない。
……ともかく私ももう寝る事にした。
自室でパジャマに着替え、掛け布団と枕を持ってくると、母と父の間に割入って横になる。
普段は一人で寝るのだが、今日ぐらいはこういうのも悪くないだろう。
(明日は一体どこまでが海の底になるんだろう)
少しずつ眠りに落ちていく私の鼻を、小魚達がくすぐった。
1/21/2023, 9:02:11 AM