NoName

Open App

 自然というものをどう捉えているのか、ということでその時代がどういうものなのかが判る。そんなことを大学に入ったばかりの火嘉が、したり顔で講釈をたれていたことを何となく思い出している。私にこの時代を象徴する言葉が何か、言葉にされすぎているが故に却って不足しているものは何なのかということをいわせてもらえるならば――。そこまで無意識的に言語化してから、すぐにその先へ思考を進めることを中断する。ガサ、と溶け始めた雪から顔を出した笹林を何かが棲み分けてくるのが聞こえたからである。先日までであれば私がそれの死神となって撃ち殺す機会を狙ったのであろうが、武器のない今となってはそれが私の死神となるかもしれぬ。脳が命じ心臓が痛いほどに鼓動して、言葉のない、明晰な今このときという瞬間の中に埋没していく。血潮の噴流、生命の賛歌、無常への畏敬。

 気の抜けたような青い空にゆっくりとため息のような雲が過る。何処か遠くで軽い銃声が交錯しているだろうというのに、葉のない木から吹き付ける風の音と偶に鶯の鳴き合う声しか聞こえない。
 結局、永遠とも思えた瞬間を過ぎて私は殺されることはなかった。なぜならば獣かと思って覚悟したその影は貧相な毛のない猿であり、その動物も私と同様に迷っていたからである。私に云わせてもらえるならば、人は武器なしにはあまりにも弱く、同じように自然という永遠に対して直視できないようになっているのだ。空を見上げながら私もひどく退屈だな、とため息のような咄嗟の苦笑のような空気の吐き出し方をした。瞼を閉じれば、最後に、きっと、星が溢れたような冷たい死の光が私を包む。
 

3/16/2024, 6:15:44 AM