薄墨

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冬はつとめて。
火を焚いた跡はなんだか寂しい。
凍える朝の空気の中で、黒々と焼け残った炭の上を、白い粉っぽい灰がばらばらと滑っている。

窓がうっすら開いていて、それで失敗を知った。
暴力的な眠気から覚めて、ぼんやりと痛い頭を抱えて、それから沈黙している七輪を眺める。
空気はしんと冷えていて、すっかり冬の香りが感じられる、凍える朝だということに、今更気づいた。

外は薄紫の静かな早朝を迎えている。
小鳥が何羽か囀っている。

ここに辿り着いたのは、昨日の深夜だった。
驚くほどうまくいかなかった高速の乗り換えも、途中のホームセンターや薬局ですんなりできなかった買い物も、でこぼこと狭くて、ガードレールのない高ストレスの山道も、面白いくらいにうまくいかない自分の人生の象徴のような気がして、昨日に限って言えば、全く気にならなかった。

なんてことはないつまらない人生だった。
よくある、両親の離婚から人生が暗転して、ちょっと頑張ってみたことがちょっとした不運でポシャって、それで根性のない私は嫌になって、何もかも中途半端にうまくいかなくて、そのあまりのうまくいかなさに、嫌気がさしたのだった。

それで昨日、ふと思いついて家を出て、地図帳で見て、なんとなく良さそうな写真の場所の山へ、車を走らせて、そうして昨夜、七輪を組み立てて、火をつけて、眠りについたのだった。

そして失敗した。
失敗して、凍える朝に目が覚めた時、頭に真っ先に浮かんだのは、なぜだか遠い昔に学校でやった、国語だかなんだかの授業で習った古文の一節だった。
冬はつとめて。

昨夜のような夜をもう一度過ごす気は起きなくて、残った炭と灰と七輪をまとめてゴミ袋に放り込み、鈍い身体を伸ばしてから、車のキーを回す。
静寂の中、駆動音がぽつんと響き、車内時計が時間を表示する。
それで、今が正真正銘の早朝だと知る。

僅かに開いた窓から、凍える朝がゆるやかに潜り込んでくる。
朝の冷たさが、肌に優しい。

冬はつとめて。
窓を閉めて、ハンドルを握る。
鳥のご機嫌な囀りが、聞こえてくる。

11/2/2025, 4:48:53 AM