氷室凛

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「──さいごにさ、」
「喋ンなよ」

 イルの言葉に腕の中の少年は小さく微笑んだ。
 少年の胸からはドクドクと血が流れ、呼吸も徐々に浅くなっていく。息をするので精一杯なその口で、少年──ロキはどこか遠くを眺めながら呟いた。

「最後に、海が見たかった……」

 氷魔法を使ったみたいに冷たくなっていく彼の手をぎゅっと握りしめる。遠ざかっていく彼を繋ぎ止めるみたいに、強く、強く。
 握った手に力を込めながらイルは必死に頭を動かした。

(ウミ、ウミ。って、アレだろ。湖よりもっとでけェ湖みたいなやつ。クソッ、コイツの最後の願いだ、叶えてやらねェと……)

 三方を深い山と森、残る一方を見渡す限りの草原に囲まれたこの国には海がない。国から出たことのないイルは当然それを見たこともない。
 聞きかじった話を思い出し、どうにかそれを再現しようと考えては絶望する。

(クソ、水氷魔法が使えりゃ一発だ。精神魔法がもっと上手けりゃこいつの記憶から抽出して……。クソッ、ダメだ。アレも、アレも……。方法はあるのに、俺には使えねェ……)

 魔法は便利であっても万能ではない。
 たびたび戒めとして言われる言葉が、いま、重くのしかかる。

「──ごめんね、やっぱ、なんでもない。わすれて……。そんな顔しないでよ……」

 下からの弱々しい声にイルはハッと顔をあげた。
 もう色のない唇を必死に動かす彼に悪かったと微笑みかけ、力の入らない身体を抱きしめる。

 ロキと目が合った瞬間、自分でもできる「海」が思い付いた。あとは時間。単純な魔法とはいえ、いまは一刻も惜しい。
 瞬きよりも早く魔法を編み上げる。床一面に緑色の魔法陣が広がる。少年の癖っ毛を撫で、イルは始動語を唱えた。

「植物魔法《プラント》」

 ぼんやりと霞んでいく視界の中で、ロキは見た。
 イルの言葉と同時に魔法陣が強く輝き、そこから数えきれないほどの茎が伸び、蕾が膨らむ。そして蕾は一斉に花開いた。

 床一面を覆う、青い花畑。

 遠ざかる意識でイルの体温を全身に感じながら、ロキは穏やかに微笑んだ。

「ありがとう……。きみの海が、いちばんきれいだ……」






出演:「ライラプス王国記」より ロキ、イル
20240820.NO.28.「さよならを言う前に」

8/20/2024, 1:49:47 PM