いやいやき

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「しょうのない人!」
愉楽が声帯を揺らしたかのようにくすくすと笑う彼女。
揶揄されてはとある1つの事実を隠さなければならなかった。




「その言い分はあんまりだな。」
「ごめんごめん!」
いつも彼女に任せきりにしていた料理をふと思い立ち担おうとしたのだ。
早い話が、俺が拵えた料理の出来と結果は言うまでもない。


── 数時間前の事、厨に入った。
普段酒類やつまみ、彼女が留守をする際に作り置いてくれた食事を取るくらいしか用事がないのだ。
何処に何があるか……などわかるはずも無い。



火は使える。然しその“使える”は湯を沸かす程度の物。
そして次に料理の手順だ。揚げ焼き鍋に油を敷いて、食材を入れて、炒める……雑誌に載っていた大雑把な流れだけは頭の引き出しにある。

食材は普段彼女の手料理を食している身故に何となくは把握していたのだが、切り方、使用する調味料、知らない事が多すぎた。もはや調味料という概念すらあったのかどうか危うい。



どうやら帰宅をして厨から何か燃えるような匂いがしたらしく、火災を心配して駆け寄った彼女にほんの少し叱責を喰らった。
「あなた一体何を…?!火事にでも遭ったのかって心配したじゃない!」
珍しく声を荒らげた彼女は揚げ焼き鍋に載った無惨にも消し炭と化した食材を一瞥し状況を把握したらしい。



「……あぁ、すまない。……つい腹が減って。」
「腹が減ったって夕餉は食卓に作り置きしていたでしょう?」
「……それも全部食べた上で、だ。」
「まあ!」

この一連の流れを通し、冒頭の台詞を吐かれた訳だが。




── 彼女は消し炭の後処理をして、それから夜食を拵えてくれていた。呆れたような顔で「今度から作る量を増やさなきゃかしら」なんて呟いて、小料理を幾つか食卓に並べている。


「でも一体どうして料理なんかを?白米は炊いてあったはずなのに。」



それを問われるのは隠していた事実を暴かれてしまうのと同じだった。どうにも彼女に嘯き続けるのはどんな些細な理由でも心苦しい。



「いや、なんだ、その ──……お前の為に食事を作ってやりたかった。」
「……私に?」



彼女の硝子玉のような大きな目が更にまあるく開かれてこちらをじっと見詰める。それから直ぐに長い睫毛により狭められ、また、愉楽が声帯を揺らしていた。




「あなたったら、どこまでもしょうのない人なんだから!」




そう言う彼女の仄かに紅が挿した頬がひどく愛しく、手に負えないのはこちらのほうだ、なんて胸裡で独りごちて。







『どこまでも』


10/12/2025, 1:50:07 PM