坊主

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 ストリートピアノが流行っている。
 僕自身もSNSの動画で見るし、知り合いも度々弾いている。
 しかし、ストリートヴァイオリンは存在しない。いや、弾いている人もいる。だが、ストリートピアノとは大きく異なる。
 なぜならストリートピアノは、誰かから弾いてもいいと許されたピアノが存在する。加えて、大衆もどこか期待してピアノを見る。
 それに対してヴァイオリンをストリートで弾くには、自身でヴァイオリンを持参する必要がある。つまりきっかけは、聴いて欲しくて弾く自分勝手なヴァイオリンということだ。
 ではなぜ僕が弾いているのかというと——
「兄ちゃん弾いてくれよー! 俺ヴァイオリンが1番かっけえ楽器だと思うんだ。兄ちゃんのヴァイオリンもっと見たいよ」
「今散々弾いただろう。僕も腕が疲れちゃったからなあ」
「弾いて弾いて〜」
「しょーがないなあ」
 煽られて弾いているのだ。
「あんたねえ」
 共に出かけていたひなはため息混じりに言った。
 言い訳をするなら、演奏家たる者、自身の楽器が1番カッコいいと言われたら嬉しくもなる。だから、この少年のようにせがまれたら拒むことなどできない。加えて一度弾いてしまえば人は集まりカメラを向けてくるのだ。少年のお願いを蔑ろにするプロの姿をインターネットに流すわけにはいかない。宣伝だと思って弾くしかないのだ。
 呆れ顔のひなも実は弾きたいに違いない。僕ばかりが弾く状況にムズムズしている姿を隠しているようで隠せていない。
「よし。次はひなと弾こうか。それで最後」
 人も集まってきたことで通行の妨げになっている。警察のお世話になるわけにもいかないし、切り上げるにはいい頃合いだ。
「最後は皆んなの知っている曲にしよう」

 魔女の宅急便より——海の見える街。

 豊かな風を浴びて新たな風景に出会うであろう観客へ。少しでも良き出会いがあればと願えば願うほど観客は目を輝かせた。
 観客は演奏家にとって鏡である。
 だから今の演奏が間違いなく良いものだと断言できた。

8/19/2024, 12:43:44 AM