KAORU

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 デートの時、別れ際に手話で「楽しかった、ありがとう、またね」と言う君。

 駅のホームで、君を電車に乗せて見送る僕に、何度もその手話をするから、僕が初めに憶えたのは、その手話だった。

「素敵なお話ね、パパ」
「だろう?」
「パパがドヤ顔なの、珍しいね」
「ママが褒められるの、嬉しいんだよ」
 特に娘にねと微笑む。
 優しい、自慢のパパ。
「ーーねね、どうやってパパはママとお付き合いするようになったの? 耳が聞こえるパパと、聞こえないママと」
「ん。それはね、筆談」
「ひつだん?」
「パパとママは毎日すれ違う電車の中で出会ったんだ。お互い、名前も知らない頃からドアの窓越しに会うのを楽しみにしてた。ドキドキ、意識してた。
 ひょんなことからパパはママが音のない世界で生きてることを知って、ーーどうしても好きで諦められなくて、ある日、いつもの停車する駅で、紙に書いてママに見せた」
 ノート一面に、ペンででっかく「好きだ」って書いて、ビタっとママの方に見えるように窓に貼ってーー
 娘は目を見開いた。
「素敵〜、ろまんちっくだね、パパ!」
 手放しで褒める。周りの乗客にも見られたでしょ、恥ずかしくなかったのと尋ねる。
「あの時はとにかく必死でさ。そんなこと気にする余裕、なかったよ」
 そう言って照れ臭そうに笑うパパ。今度、ママにも聞いてみよう。どんな風に好きになったの、どんな風にして付き合うことになったの、と。
 きっと若い頃の素敵なパパに会えるはず。

#別れ際に

「声が聞こえる3」

9/28/2024, 1:47:58 PM