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部長がいる部室からは、いつも紅茶の香りがする。
別に部員が紅茶が好きというわけでもなく、かと言って部長が特別紅茶が好きというわけでもなく。
毎週茶葉を変えて、時にはクッキーも買い込んで。
部長は今日も、私たちの部室を英国貴族のティータイムの場に仕上げている。

部長の
「ご機嫌いかが?」
なんて調子に
「どういたしまして」
と返してみたりする。
そうしてそのまま部活が終わるまで、ずっとお嬢様言葉だったり。

しかしそんな日がいつまでも続くわけもない。
それは部長が卒業する日。
もう部長が淹れた紅茶を飲むことはないだろう。
そこで、私たち後輩はそれぞれで紅茶を買い込んで、呼び出した部長を出迎えた。
部長より先に部室に入ったのは、最初で最後だ。

部長は目を丸くしてから、少し笑って、何か言おうと目を泳がせてからギュッと口をつむんで。
そして、柔和な笑みと一緒に、言った。
「ご機嫌いかが?」
「どういたしまして」
みんな涙声だったのは、内緒だ。

10/27/2024, 12:50:38 PM