ミヤ

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"最後の声"

機会はうかがうのではなく、巡らせるものだ。
駅のホームで、手持ち無沙汰に佇む男性に声をかける。
雑談の延長で、彼の家族について聞いた。
自慢気に見せてくれたのは、奥さんと、子供さん達と、幸せそうに笑う彼の姿が写った家族の写真。
それぞれに纏わる最近あった面白い出来事とやらを話半分に聞き流しながら、その子達にはあなたの瞳の色は受け継がれなかったのか、とぼんやり思った。

出張帰りだという男性は、毎朝鏡の中で見るのと同じ瞳の色をしている。
両手一杯のお土産の量に、きっと彼の奥さんと子供さん達は呆れつつも喜ぶのだろう。

家族が大事だと優しい瞳で語った彼に、内心で、
僕もだよ、と呟く。
あなたがあなたの家族を大切に思うように、僕も彼女が大切だった。
あなたがとっくの昔に忘れ去った彼女が、ずっとあの小さなアパートの部屋であなたを待っていたことなんて、あなたは知らないだろうね。
ましてや、彼女が少しずつ狂っていく様子を一番近くで見ていた存在がいたことなんか、知りもしなかっただろう。


ホームに滑り込んできた列車に、やれやれ、ようやく家に帰れるな、と彼は零した。
荷物を運ぶのを手伝い、お元気で、と別れを告げる。
助かったよ、と礼を言った彼は、君も気をつけて帰れよ、と笑って手を振った。




列車のドアが閉まる、その瞬間に。
そっと落とした最後の声は、
彼に、彼女の"あの人"に、届いただろうか。

死後の世界なんて信じちゃいない。
だから。
この現世で。

どうか、良い地獄を。

6/27/2025, 5:40:51 AM