カーテンの隙間から、細い月明かりが射し込んでいる。暗い部屋の中、ベッドに座ってその一縷の光線を見つめていたら、後ろから名前を呼ばれた。
「なつきちゃん」
みずいろの金平糖のような、それは可愛らしく澄んだ声だ。振り向こうとした私の両目を、つめたい手のひらがそっと塞いだ。いよいよ真っ暗で何も見えなくなる。感じるのはただ、背後にいるさゆきの気配。それから、彼女の袖口から香る甘い匂い。
もういちど、耳元で「なつきちゃん」と名前を呼ばれた。なあに、と返事をしたら、さゆきは嬉しそうにふふ、と笑った。
なつきという名前は、さゆきから貰った。
「わたしが冬だから、あなたは夏。あと、夏の花が似合いそうだから」
ちょっと安直かなあと言うから、私は慌てて首を横に振った。そんなことない、気に入った。私が言うと、さゆきはやっぱり嬉しそうに笑うのだった。
夏の花が似合うだなんて、生まれて初めて言われた。周囲の人間たちからは醜いと蔑まれ、手酷く扱われてきた人生だった。さゆきだけが唯一、私の痣だらけの手をとって、やさしく握ってくれたのだ。
さゆきは過去の私を殺してくれた。そうして、新たに命を与えてくれた。なつき、という名前をもって。
私を縛りつけるものの一切を捨てて、随分と遠くまで来た。自分の足でこんなにも遠いところまで行けるなんて、知らなかった。全部さゆきが教えてくれた。
「このまま朝が来なかったらいいのに」
そんな言葉が口をついて出た。だって、心からそう思うのだ。いまの私は、きっと世界でいちばん幸せな女の子だ。幸せなまま眠りについたなら、いつまでも安らかな夢に身を浸していられる。
けれども、ふたりで地中深くに埋めた「秘密」が掘り起こされるのは、恐らく時間の問題だろう。甘い夢はもうすぐ覚めてしまう。
明日で世界が終わるなら、永遠になれるのに。私の言葉に、さゆきは「本当にね」と笑ってから、目隠ししていた両手を外して、後ろから私を抱きしめた。それから、耳元でささやいた。
「このまま眠っちゃおうか、わたしたち」
背中に伝わる体温と、心臓の鼓動を感じながら、私は静かに息を吐いた。
【テーマ:明日世界が終わるなら……】
5/6/2026, 3:48:03 PM