紅月 琥珀

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 夕暮れ時の校舎を駆け回る。
 校庭からは運動部の声。校舎内に響く吹奏楽部の練習音。
 それらを何処か遠くに聞きながら、私は必死に走っていた。

 ◇ ◇ ◇

 それは突然感じた違和感だった。
 昨日まで普通だった友人が、何か変に思えて⋯⋯でも、何が変なのか分からずに酷く困惑したのが今朝の出来事だった。
 それから彼女を観察していく内に、その違和感にようやく気づいたのが昼休み前の授業でのこと。
 幾つかの違いはあれど、1番は利き手と逆の手で文字を書いていた事だった。
 彼女は右利きなのに何故か左手で文字を書き、お箸も左で持っていた。そこからは芋づる式にいつもと違うところを見つけていき、そして放課後になってから私は彼女を空き教室に呼び出して本題に入る。
『あなたは誰? 私の友人を返して』
 そう言うと、彼女の顔はニタニタと笑いながら歪み―――なんで分かった? とおぞましい声で答えた。
そして、私は彼女の違和感を指摘するとそのナニカは、日が沈むまでにこの敷地内の何処かに居る本人を見つけられたら返してあげると、そう言って姿を消した。

 私は自分で見つけた昨日と今日の彼女の違いをノートにリストアップしていく。
 そうすると、浮かび上がるのは全て反対になっているという事実。なら、もしかしたら⋯⋯あれは鏡に関係しているナニカなのかも知れないとあたりをつけてから、他の友人たちにメールを一斉送信して、学校の七不思議でもなんでも良いから鏡に関する噂がないかを聞いた。

 時間は掛かったけど、1人の友人のそのまた友人の知り合い辺りの人から有力な情報を手に入れられた。
 それは旧校舎にある第2音楽室付近、階段の踊り場にある大鏡を使ったおまじない。
 何でも夕暮れ時にその鏡に向かって、あなたは誰? と3回唱えると返事が返ってきて、その誰かが提案した遊びに勝つと何でも願いを叶えてくれるらしい。
 何処にでもありそうな噂話だったが、この情報に辿り着くまでにかなり時間がかかってしまい、もうあとがない状況だった。

 藁にも縋る思いで旧校舎まで駆け抜ける。
 走って、走って、息苦しくなるのも構わずに⋯⋯足が疲労で縺れそうになるのを堪えながら。
 そうして辿り着いた旧校舎も全力疾走で駆け上がり、第2音楽室付近の階段踊り場の大鏡に辿り着く。
『美織! 美織、居たら返事して! お願いだから!』
 大鏡に向かって声を張り上げた。
 すると鏡に写っていた私の姿が歪み、探していた彼女の形になる。
 段々と鏡面が波立っていき、そこから飛び出すように美織が私に向かって倒れてきた。
 それを咄嗟に受け止めようとしたけど、ここまで来るのに足を酷使していた為⋯⋯踏ん張りがきかず、一緒に後ろへと倒れ込む。

『後、少しだったのに⋯⋯どうして―――』
 あのおぞましい声が聞こえると、その大鏡には形容し難い化け物の姿があった。
 真っ赤に染まった旧校舎とおぞましい化け物が鏡面に写り込んでいたが、少しすると完全に消えさり私達だけを正しく写すようになる。
 近くの窓からは微かに夕日が漏れており、ギリギリだったけど⋯⋯何とか間に合った事に安堵した私は美織を起こす。
 彼女は不思議そうに私の名を呼ぶが、それに構わず私は事の経緯を説明した。
 段々と思い出してきたのか、顔を青ざめさせる彼女に私はどんな理由があれ、2度とこんな危ない真似はしないと約束させて、2人で教室へと戻り帰路へと着いた。

 それから、私の周りで変な事は起こっていない。
 けれど、時々耳にする。
 旧校舎の第2音楽室付近の大鏡のまじないの噂。あれは正しくは魂魄返しというらしく、この地域に昔から伝わるまじないの一種なのだと言う。
 古くから口伝で伝えられていたものだから、何処かで曲解されて伝承されたのでは? と、今回の事をおばあちゃんに話たところそう返された。
『もう、2度とあんな体験したくない』
 そう吐き捨てる私に、おばあちゃんは笑いながらも、良く頑張ったねぇと呑気に言って頭を撫でた。

2/19/2025, 1:59:58 PM