星乃威月

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「打ち上げ花火、きれいだったな~
 また来年も、見に来ような!」

笑顔で約束を交わしたのに、君は先に逝ってしまった。

その夏のある日の事。
水難事故だった。

◇─◇─◇

俺たちは、友人4人を誘って、河辺で遊ぶ事にした。

「今日は、やけに暑いね~。
 何度くらいになるんだろ?」

「予報では、『40℃に迫る暑さ』だって言ってたぜ?」

「40℃⁉
 マジかよ、大丈夫か?
 ここ、日陰ねぇし……」

「日陰なくても、河に水があるだろ?
 いざとなれば、泳げばいいさ」

「「「な~るほど!」」」

俺たちは気にもせず、河辺でバーベキューを楽しんでいた。

ところが突如、涼しい風が吹き始め、辺りが急に暗くなりだした。

嫌な予感がする……。

「おい!このまま外にいて、大丈夫なのか?
 嫌な予感がするんだが……」

「あー?何だって~?
 聞こえねぇよ!
 それより、火の番を宜しくな!」

俺の心配をよそに、バシャバシャと河の水ではしゃぐ男4人。
膝まで水に浸かり、両手で水を掻きながら遊ぶ姿。
次第に、遠くの方で、物音がし始めた。
けたたましく鳴き続ける蝉の音に掻き消される。
目の前では、男たちが大声で騒ぎ、音が上手く聞き取れなかった。

「なぁ!やっぱり可笑しいぜ!
 肌寒くなってきた。
 予報では、何て言ってたんだ?」

「あー?
 だから、聞こえねぇって言ってるだろ⁉
 よそ見してる暇あるなら、火の番をしてろよな!
 消えたら、点けるの大変なんだぜ?」

全く聞き耳を持たない……。

どうしよう……この感覚。
もしかして、夕立か……?
いや……それよりヤバそうな気配がするのは、なぜだ……?

真夏の真っ昼間だというのに、服を着ていても、寒気は治まらないほど。
寒い風が、肌を掠めていった。
周囲の木々が、徐々にうねりを上げる。

「おい!」

俺が呼び止めた時だった。
バケツをひっくり返したような雨が、突然と降り出した。

「スコールだ~!
 スゲー‼こんな雨、始めてだぜ~!
 イエーイ!」

河の中で遊び続ける4人は、誰1人として危機感を感じてはいないようだ。

お……俺だけ、感覚がどうかしてるのか……?

岸辺で1人、激しい雨に打たれながら、ボーッと佇む。
酷いスコールが打ち付けてる間も、4人は河で遊び続けていた。

ダメだ……寒い……!
体を温めないと……。

「おい!
 体が冷える前に、河から上がれよ?
 冷えきったら、温めるものはないんだからな。
 その辺、考えておけよ?」

俺の心配する声は、河の中で遊ぶ友人たちには、聞こえていないだろう……。
バケツをひっくり返したような、ひどい雨だ。
俺は、火の番を諦め、少しでも温まれる場所を探した。

河辺の堤防を駆け登る。
路上のアスファルトが、かろうじて温かかった。

その頃──。
河の中の4人は、河の増水に感激したのか、のんきにバシャバシャと泳ぎ回っている。
俺は、ある異変を感じた。

さっきより、河の水が、濁ってないか……?

最初は悪天候のせいで、河の水が雲って見えているのだと思っていた。
が、何となく茶色っぽく変化したような気もする……。

「おい!河の色が変だぞ!
 そろそろ引き上げたら、どうだ⁉」

「わー!わー!アハハハハ!」

俺の大声は、虚しくも河の増水と激しい雨の音に、掻き消された。
はしゃぐのに夢中で、俺の声に耳を傾けようともしない。
俺は、胸の中で沸々と湧き起こる怒りと共に、4人を無視することにした。

「もう知らねぇ!どうにでもなれ!」

俺は、車の通る気配もないアスファルトの上で、大の字に寝転んだ。

◇─◇─◇

どれだけ時間が経っただろう……。

〝ゴロゴロゴロ……ドドドドド……〟

俺は、大きな雷と地響きの音で、目が覚めた。
直ぐに止むと思っていた雨は、更に激しさを増し、体の熱を奪い続ける。
辺りを見回せば、アスファルトの至る所に、大きな水溜まりが点在していた。
かなりの長い間、大量の雨が降り続けていたらしい。
体が冷えきって、身体の動きも鈍く感じた。

「「「だ、ぶぁっ、だっ、助けてくれぇ~!」」」

ふと、聞き慣れた声がする。

そうだ!
俺は、友人とバーベキューに来てたんだっけ……?

ふと、皆が遊んでいるはずの辺りを目視で探すが、姿が見当たらない。

どこに行ったんだ……?
そう遠くには行ってないはずだが……。

俺は立ち上がり、道沿いを歩き回って、河にいた友人4人の姿を探す。
しかし、人の気配はなかった。
車の通る気配もなく、ただならぬ恐ろしさが込み上げてくる。

まさか、緊急避難命令が出されたのでは……?

その予感は、見事に的中した。
無線が鳴る。

〝ヴーウゥ……ヴーウゥ……〟

〝こちらは、防災無線です。
 只今、緊急避難命令が発令されました。
 直ちに、速やかに避難を開始して下さい。
 繰り返します。こちらは──〟

「おい!どこだ⁉返事をしろ!」

俺は、辺りを駆け回り、4人の姿を探し回った。

「聞こえるか⁉緊急避難命令だ!引き上げるぞ!」

口に手を当て、大声で叫び続ける。
が、雨、風、雷の音で掻き消されるばかり。
無情にも、服に打ち付ける雨だけが響いていた。

「誰か!誰かいないか⁉誰かー!」

俺は、皆の居た河辺りに戻ろうと、河岸を駆け降りた。
既に河の水は、堤防ギリギリまで増水し、いつ溢れても可笑しくない状況。
穏やかだった河は、濁流と化して流れていた。
ドドドドと、滝のような凄まじい音が鳴り響いている。

「マジかよ……皆は……皆は、どこへ行ったんだ⁉」

気持ちが焦る、呼吸が苦しくなってゆく、胸が苦しい。
心が、叫びを上げているようだった。

「おい!誰か!誰かいないか⁉
 友人が、友人の姿が見えないんだ!誰か‼」

「「こ……こだ……タ……シ……」」

微かに聞こえて来る人の声。
振り向くと、友人2人の姿が。
茶色く襲いかかる濁流と化した河から微かに見える木々に掴まって、必死に耐え忍んでいる。

「リュウジ!キョウ!無事か!
 今、助けに行く!」

「辞めろ!お前まで濁流に飲み込まれたら、命はない!
 それより、早く、救急車を呼べ!
 ユウキの姿が、さっきから見当たらないんだ!」

「何だって⁉」

「いいから早く‼
 今、呼べるのは、お前しかいない!いいな‼」

俺は、寒さと恐怖で震える手で、スマホを握り締め、電話を掛けた。

〝プルルルルッ、プルルルルッ─〟

なかなか繋がらない。
焦りが込み上げる、頭に血が登る。
呼吸が乱れ、手が激しく震えた。

「頼む!早く繋がってくれ!」

〝プツッ〟

「はい、こちら119番です。
 火事ですか?救急ですか?」

「……キ……キ……」

身体が小刻みに震える。
焦りのあまり、言葉にならない。

「冷静に。落ち着いて。大丈夫ですよ」

応答の言葉で、ハッとした。

そうだ!俺がしっかりしなければ!

俺は、ゆっくりと深呼吸をし、言葉を続けた。

「き……救急です!
 河辺で遊んでて、濁流に飲み込まれました。
 友人2人が木に掴まって、堪えてます。
 ユウキとタケル……友人2人の姿が見当たらないんだ。
 お願いだ!助けてくれ!」

「状況は分かりました。
 大丈夫です、落ち着いて。
 では、場所を教えて下さい。」

応答に出てくれた人の声を聞いてると、焦る心が静まってゆく。
大丈夫、大丈夫……俺なら、やれる……。
そう自分に言い聞かせ、1つまた1つと、冷静に話しを続けた。

「た、確か……千葉の○○市にある……○○交差点の河辺です」

「有難う御座います。
 あと10分程で、そちらに着きますからね。
 落ち着いて。電話はそのまま、繋いでいて下さい。
 他に、人はいませんか?」

「他……?」

周りを探し回ったが、友人2人の姿以外は見かけなかった事を思い出した。

「さっき、緊急避難命令が広報で流れて、人らしき人は見当たらないんだ。
 車の通る気配もない。
 唯一、俺だけがスマホで話せる状況で……助けを呼べなくて、困ってる。」

「状況は、分かりました。
 河辺に居座るのは、非常に危険です。
 どこか、安全な場所へ、避難してください。
 雨風を凌げる場所。
 例えば、車などは、近くにございませんか?」

確か……近くにスーパーがあったっけ?
バーベキューの食材調達で行った事を、思い出した。

「近くにスーパーがある。
 そに行けばいいか?」

「いいえ。
 貴方は詳細を、救急隊員に伝える義務があります。
 できれば、安全確保の上、車の中でお待ちください」

応答に出てくれた人の声には、説得力がある。
我に返った俺は、暫くの間、車の中で待つことにした。

◇─◇─◇

〝ヴーウゥ……ヴーウゥ……〟
〝ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー〟

救助車に連れられ、救急車も到着した。
依然として、バケツをひっくり返したような雨は降り続いている。
雷はけたたましく鳴り響き、河は濁流と化して襲いかかっていた。
増水した茶色く濁った河の水は、堤防から溢れ出しそうになりながらも、なんとか堪えている。

「大丈夫ですか?」

俺が乗ってる車に気付いた救助隊員は駆け寄り、車の硝子をトントンと叩いた。
大雨の中、手には暖かな毛布を握り締めている。

助かったぁ……。

長く続いた緊張からの安堵感。
まだこれから救助活動が始まる不安とが、入り交じる。
俺は、溢れ出る涙を必死に堪え、耐えた。

「これを羽織ってください。
 念のため、貴方も救急車の中に」

救助隊員に連れられ、俺はヨロヨロとした足取りで、救急車の中に潜り込んだ。

「大変でしたね。もし宜しければ、こちらの毛布もお使いください。
 事情は聞きました。
 どの辺でご友人さんを見かけたか、教えて頂けませんか?」

別の救急隊員に優しく声をかけられ、緊張がほどけてゆく。
俺は、今までの状況を、ポツリポツリと話し始めた。

「……なるほど。
 ご友人さんたちは、橋の近くの木に掴まってるのですね。
 残りは行方不明と……」

救急隊員は、急いでメモを手に取る。
素早く書き込んでは、無線で事細かに伝えているようだった。

「暫くかかりますが、大丈夫です。
 無事でいることを、一緒に願いましょうね!」

救急隊員の励ましの声に、俺は心を救われる思いだった。

みんな、無事でいてくれ……。

ただ、それだけを願って。

◇─◇─◇

どれだけ時間が経っただろう……。
俺は、疲れと疲労に疲れ、眠気に襲われていた。
ゴロゴロゴロと、タンカーに運ばれて来る音がする。

「身元が判明いたしました。
 ハタケヤマリュウジ、イヌガミキョウ。
 以上の2名の安否は、無事です。
 酷い低体温症に駈られていますので、念のため病院へ。
 残りのキョウマユウキ、スドウタケル。
 いずれも捜索中とのこと。以上です。
 残りの生存時間が迫っています。一刻を争います。」

救助隊員に連れられ、救助者2人が、救急車の中に同時に運び込まれた。

「了解!懸命を祈る!」

「「了解!」」

傷は目立つが、意識はあるようだ。
今まで心細かった心に、久々の再会で、涙が溢れる。

「リュウジ!キョウ!
 良かったぁ!本当に良かったぁ!」

俺は駆け寄り、両脇に運ばれた2人の顔に手を当てた。
今まで堪えてた涙が溢れ、頬を伝う。

「バーッカ!
 男がこんなことで泣くか~?
 お前は、涙もろいんだよ!」

「キョウ……」

「それに、ユウキとタケルが、まだらしいんだ。
 気は抜けねぇよ……」

「リュウジ……。
 うん、そだね。
 無事を祈ろう……」

俺は、羽織っていた毛布を、2人に掛けた。
細やかながら、今の俺にできる、唯一の事だった。

〝ジジジ……〟

再び無線が鳴る。

「報告、報告……要救助者、発見。要救助者、発見。
 1名を、搬送中。意識レベル、弱。
 至急、応援を願いたい」

〝ジジジ……〟

「だ、誰だろう……?」

「1名……って、言ったよな?」

「俺、不安になってきた……」

口々に言葉に漏れる不安……。
嫌な予感がした。
そんなことを言ってる間に、共に乗っていた救急隊員は、未だ荒れ狂う車の外へと駆けていった。
逆を返せば、1人はまだ見つかっていないということを意味していた。
不安が募る。体の熱が冷めてゆく。
身体がガクガクと小刻みに震えた。

「タカシ……寒いのか?」

キョウの言葉に、ハッとした。

「焦る気持ちは分かる。
 けど、今の俺たちにできることは、何もない。
 無闇に動くと、隊員たちの迷惑になるから、ここで待ってよう。
 それが、今の俺達にできる、最善の事だよ」

リュウジの悟りに、俺は我を取り戻した。

確かにそうだ。
今、動いたとして、俺に何ができる?
見つけたとして、俺に、何が……。

〝ジジジ……〟

「報告、報告……要救助者、発見。
 至急、現場に急行せよ。
 繰り返す。報告、報告──」

〝ジジジ……〟

俺達以外に誰もいない救急車の中で、無線だけが鳴り続ける。

どうか、2人が無事でいますように……‼

俺達は、ただただ祈り、願うことしかできなかった。

◇─◇─◇

翌朝──。
俺は、自宅で目を覚ました。
俺以外のメンバーは、念のため、病院で一晩を過ごすことになったらしい。
気になるのは、最後まで残されていた、ユウキとタケルの生存の安否だった。

〝リリリリリリ……〟

枕元のスマホが鳴る。
見れば、キョウからの電話だった。

「よ!体調は、どうだ?」

「まぁ、ボチボチだよ……
 正直、皆の事が心配で、あまり寝れなかった……かな」

「そっか……」

言葉に詰まるキョウ。
普段とは様子が可笑しかった。

「……ん?
 ……どうか……したのか?」

恐る恐る尋ねる。

「それが……な……」

俺は、急いで身支度をして、皆が入院してる病院へと駆けていった。

◇─◇─◇

受付の案内で、俺はとある病室を訪ねていた。
そこは、個室だった。
部屋の名前を見て、驚いた。

「スドウ……タケル様……」

夢でも見てるのか?と思えた。
身体中から、血からが抜け落ちそうになるほど、身体がフラフラする。
恐る恐る、部屋のドアに手を掛けた。

「タカシか?入っていいぞ!」

部屋の中から、リュウジの声が聞こえた。

「リュウジもいるのか?」

驚きと共に、慌ててドアを開ける。

ベッドの脇に立つ2人の姿が見えた。
恐る恐るベッドに近づく。
そこには、モニターやチューブに繋がれた、横たわる人の姿が。

「キョウ……リュウジ……タケル‼」

ベッドに横たわっていたのは、本当にタケルの姿だった。
至る所を損傷したのか、首や手、足などが包帯でグルグル巻きにされている。

「タケル‼無事だったのか!良かったぁ……。
 じゃあ、ユウキも‼」

俺の歓喜の声と、喜ぶ顔を見て、他の3人は、顔を曇らせた。

何か、様子が変だ……。

「な、何か……あったのか?」

「実は……」

3人の話を聞けば、タケルは別の木の上によじ登って、一命を取り留めた。
しかし、数々の流木に当たり続け、大怪我を負ったとのこと。
命に別状がないのは、奇跡的だったと言う。
残るユウキだが……。
橋に勢いよく全身を打ち付けられ、ほぼ即死状態だったらしい。

「……え?助からなかった……そんな……だって」

◇─◇─◇

その翌年の花火大会。
俺たち4人は、ユウキの写真を持って、集った。

『今年の打ち上げ花火、めっちゃきれいだったな~
 また来年も、見に来ような!』

あれ、ユウキから言い出したのに……。
笑顔で約束を交わしたのに、君だけが先に逝ってしまうなんて……。

俺たちは、ユウキの思いを弔うため、この4人……ううん。
この5人で、再び打ち上げ花火を見に来た。

「今年もまた、きれいだったな!ユウキ!」

涙を流しながら、はにかむキョウ。

「また会いたいよ……ユウキ」

心細く、写真に問い掛けるタケル。

「また笑ってよ……ユウキ」

微笑ましく語り掛ける、リュウジ。

「ユウキ……救ってやれなくて、本当にごめんな……」

何もできずに、ただ立ち尽くしてた俺。

「「「「ユウキ!
 ユウキに会いたい!また会いたいよ‼」」」」

俺たち4人は、肩を組んで泣き続けた。
まだ元気だった頃のユウキの顔を思い出す。
はにかんで笑う顔が、今も尚、目に浮かんで、更に涙が流れ落ちた。

「夢の中でもいいから、また会いに来てくれ……
 待ってるからな」

と、ユウキの写真に手を当て、俺は涙ぐみながら微笑んだ。




ー8月、君に会いたいー

8/2/2025, 9:29:59 AM