Largo giocoso

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『手を繋いで』

僕は兄の手が大好きだ。

僕の頭を優しく撫でてくれる手。
何かを書いている時に動いている綺麗な手。
スマホを触っている時のフリックの早い手。
少しした動作の手、全て好きだ。

そして、僕はとある日散歩をしていた。
その日はそこまで暑くはなく、寒くもなく、とてもちょうどいい気温だった。

僕の家の近くには小さな商店街がある。
そして、その奥を少し行くと小さな森がある。

僕は小さい時に兄と作った秘密基地でお昼寝するのが好きだった。

けれども、兄はその場所を嫌った。

僕は久しぶりにそこは行こうと家を出た。

兄はもうすぐ大学受験に控えている。
なので、今は一生懸命自分の部屋で勉強をしている。

いつもなら兄と一緒に出かけるが、今日は1人で出かけた。



僕が商店街に着くと、色んな人が話しかけてくれた。
「今日は1人なんだね。」
「お兄さんは?
ああ、もう、そんな歳なんだ。」
僕はその人たちと話をするのも大好きだ。
その人たちは僕のことをちゃんと見てくれる。
そして、兄のことを褒められると僕まで嬉しくなる。

僕はその人たちと話し終え、その数分後には目的地である秘密基地に着いた。

僕はボロボロになったダンボールの上に座り、眠った。

どのくらいの時間眠っていたのだろう。
僕は目を覚ますと辺りは少し暗くなっていた。

上着を着てこなかったので少し肌寒い。

どんどん暗くなっていく森に、僕は少し怖くなった。
何回も来たことある森だし、迷うことはなかった。

けれども、フクロウの鳴き声や森の囁き、全ての音を敏感にとらえ僕を恐怖させた。

森をぬけたあと、商店街が見えてきた。
僕はようやくホッとしたが、何やら商店街が騒がしかった。
僕は胸騒ぎがした。

遅い足で頑張って走ると、そこには赤色の光がグルグル回り、白い大きな車が止まっていた。

そして、少し先を見ると黒と白の車も止まっていた。

普段はあまりみない人たちを見かけ、僕は止まった。


「………君は、彼の弟かい?」

その担架に載せられていて、心肺蘇生をされていたのは紛れもなく僕の兄だった。

そして、その近くには少し凹んだ車があった。


兄は、交通事故にあった。

どうやら、僕を探しに来ていたみたいだ。

そして探すのに夢中になり、目の前から車が来ていたのに気が付かなかったみたいだ。

周りの大人は僕のせいじゃないと言うが、どう考えても僕のせいだ。

結局兄は打ちどころが悪かったようでその三日後に命を落とした。

お母さんは泣いた。
お父さんは兄の手をぎゅっと握っていた。

僕は、ただ、呆然とすることしかできなかった。


僕には腕がなかった。

先天的ではなく、後天的にだ。

小さい頃、秘密基地で遊んでいた帰り道、その商店街ではお祭りをしていた。
そして、僕の大好きなバナナチョコをみつけ、一目散に走った。

けれども、僕は横から来たながらスマホをしていた自転車にぶつかり、腕を切断することになった。

その日から兄は秘密基地が嫌いになった。


僕は1、2週間、何もかもする気力がなくなった。


そして、悪夢を見るようになった。

兄が僕を冷たく睨み、僕から離れていく夢だ。

僕はその夢を見た日から、寝るのも怖くなった。


僕は一日中部屋に篭もり、何も食べず、どこにも行かず、寝ることへの恐怖を感じ、毎日を過ごしていた。

4日くらいだろうか。
僕の生活が変わり4日くらい経つと、幻覚や幻聴が聞こえるようになった。

兄が僕を呼んでいたり、兄が僕のそばにいるものだ。


そして、 そのいるはずのない兄が手を広げ、僕の名前を優しく呼んだ。


僕はフラフラの足でそこへ向かった。



そして、そこへ行き着くと、兄の姿がなくなり、落下していく自分が居た。

僕の部屋は2階だ。

僕は2階から落下した。


けれども、不思議と何も感じなかった。
僕は重力に身を任せ、落ちて行った。


そして、次に目を覚ますと目の前には兄がいた。

そして、無くなったはずの腕が、手があった。


僕はその手で思いっきり兄の元へ走り、飛び込んだ。

今度こそは、居なくならなかった。


兄は少し泣きそうな目をしていたが、僕の大好きな兄の手は僕を優しく撫でた。


「行こう。」


兄が震えた声で、無理やり笑っている顔をつくり、
僕に手を差し出した。

僕はその手を掴み、約5年ぶりに手を繋いで歩いた。


その先に広がっているのは天国でも地獄でもなく、
ただのっぺりとした空間だった。


「お兄ちゃん、大好きだよ。」


兄はただ、微笑んだだけだった。

12/10/2022, 8:19:14 AM