あにの川流れ

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 「ちょっとあなた、聖人なのですから、きれいに笑ってやりなさいな」
 「むり。もう無理。お顔引き攣って、スマイル品切れ閉店セールおしまい! 代わってよぉ!」
 「下級神官に無茶言わないで下さい」
 「スマイルでお腹膨れるわけでもケガ治るわけでもないんだから、もっと実務にぼくを回してほしいの! あ、やば、右頬攣った」

 神殿に集まった人々の前。
 バルコニーから身を乗り出し、笑顔の筋肉と格闘するぼくを見て、きみが苦言を呈してくる。
 だーいぶむりな話じゃない?

 そもそもの疑問。

 「何でお手振りなのさ。ぼくべつに、掌からマイナスイオンとかまき散らしてるわけじゃない」
 「一年に何度か顔を出して、皆さまにアピールするためでしょう? 聖人は民と共に在り、的な」
 「ゔぁあ、何それ。意味あるの? なら、不調治し回ってそのときに何かひとこと添えようよ。『こんにちは』とかさ!」
 「聖人様の有難みがなくなる、と枢機卿の方々が仰ってましたよ」
 「回復役の有難み! 出し惜しみして刺されるよかマシでしょ! 他人事だなぁ!」
 「まあまあ。これだけ集まりに来てくださるのですから、それなりの意味を持つのでは?」

 理解と納得はイコールじゃない。
 ぼくはもっと実用的。

 ふと、集まりの端っこで不満を持っていそうな集団を見つけた。他のみんなみたいに、旗を持っていたり手を振ってるわけじゃない。
 ただただ、ぼくを見て――なんなら睨んでさえいる。ねえ、見えてる? ぼくの懸念はこういうところなの!

 ……まあ、きみは分かってるだろうけれど。きみにぼく以上の権力がないことも分かってる。
 でも愚痴くらいは聞いてくれないと、ぼくとってもストレス溜まる。

 あーあ、ストレス溜まっちゃう!

 「ねーぇ、ほら見て。あの子たち、ぜったいぼくのこと、「権力に媚びへつらって俺たちから毟り取った金で鱈腹食ってるやつめ!」って思ってる」
 「でしょうね。同情するなら金をくれ! って」
 「ゔぁあっ、言いたいッ、聖人ってぜんぜん儲からないし腹の足しにならない! なんなら、ぼく宛ての金銀財宝、換金してぜーんぶみんなに流れてる。水炊きもアジールも施療院も、費用はぼく持ちって言っても過言じゃない!」
 「過言です」

 ぴしゃり。
 いいでしょ、ちょっとくらい盛ったって。

 「同情も顰蹙を買うことが多いですよ」
 「……へんなの。同情は自分じゃどうにもできない人に向けるもの。同情されていやなんて、贅沢。生きる手段を与えて庇護下に置いて、何が悪いのさ。……もしかして、これも顰蹙?」
 「いい値で売れますよ」
 「ゔぁああっ! 他人って難しい! もう! 『同情求ム』みたいな分かりやすいの着けといて!」
 「なんですか、それ」

 鼻でわらった! よりによって、口でも肩でも眉でも喉でもなく、鼻でわらったな!
 ぼくだって搾取される側なのにぃ! 何なら、装束のど真ん中に『同情激求ム!』って書いてある。
 いま、書いてもいい。

 「――~~っ、くそう、あとで町に繰り出して無差別に治癒しながら水炊きして職の斡旋してやるんだから! いまみんなが立ってるところに天幕張って、解放してやる‼ 覚悟しろ!」
 「それはそれで偽善者呼ばわりされそうですね」
 「妬み‼ というか、みんなから集めたお金が巡り巡って戻ってきてるだけ! 八方塞がり、四面楚歌! 誰かぼくに同情してよお!」

 「はは、お可哀そうに」
 「ゔぁああっ、腹立つ! ぼくがほしいの同情じゃなかった! 難しいッッ‼」




#同情


2/21/2023, 9:16:10 AM