喜村

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 やっと、梅雨が明けたらしい。
 関東まではあっという間に一気に明けたけれど、東北はまだ明けていなかった七月末。
 明けたと聞いたが、まだ晴れきってはおらず、明日から本格的な夏になるだろう。

「おばあさん、梅雨明けしたから、お散歩行くべしや」

 ベッドで上半身を少しだけ起こしているおばあさんに、俺は言った。

「あんた、誰っしゃ?」

 おばあさんは、俺に問う。

「おじいさんです」
「おじいさんですかい、まだ晴れてないべっちゃ」
「あー……、それもそうかもなぁ。なら、明日、もし晴れたらお散歩するべし」
「明日覚えてたらなぁ」

 おばあさんは、まだ雲が僅かに広がる空を見ながらそう告げた。
 俺の心もまだ曇り空。
 全部思い出してとは言わないが、せめて、ちょっと前のことは覚えててくれないかね、と、顔まで曇る。

「おじいさん、梅雨明けはまだかねぇ?」

 俺の精神は、そろそろ限界なのだけれども。

「梅雨明けして晴れたら、お散歩いきたいねぇ」

 しわしわの顔をした妻が、俺にそう笑顔で言う。

「明日、もし晴れたら行こうや」

 しわしわの妻の手をしわしわの俺の手が包む。
 きっと明日は空も心も晴れるべさ。


【明日、もし晴れたら】
@ma_su0v0

8/1/2024, 11:04:06 AM