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奇跡をもう一度





道端の草になんか目に留めないと思ってた天上人が、何を思ったか萎れた雑草に声を掛けた、あの記念すべき奇跡の起きた年月日。
「これ、飲みます?」
と差し出されたどこまでも透きとおって未来までも見通せそうな天然水という名の御神水。命の水とはこのことか。日照りに降る天からの雨とはこのことか。
何が起きたかも解らずにただ恵みの雨を頂き、一瞬の風たる天上人を見送ったあの夏の日。
あの奇跡がまさかもう一度起きるのならば、次こそはこの一生を賭けてひとこと踏み出しましょう。
もしまたこの道をあの方がお通りになるのなら。


一人凛と咲く孤高の百合の花が、太陽の熱を一身に受けて花壇の世話をしていた、あの忘れるはずもない奇跡の年月日。急いで近くの自販機に走り一番怪しくなさそうな断られにくそうな水を買って、ありったけの勇気を振り絞って目の前に立った。
「これ、飲みます?」
なんて陳腐で滑稽で、気の利かないひとことだろう、時間が戻せるなら戻したい。穴がないなら掘ってでも入りたい。
「…ありがとうございます…」
なんとたおやかな百合の花は美しく微笑まれることか。女神の微笑とはこのことか。もの言う花とはこの人のために生み出された言葉だろうか。
あまりのことに何も言えずに立ち去ったあの夏の日。
もしもう一度あの方がまたあの場所におられるのならば、次こそは気の利いたひとことを口に出しましょう。
もし斯様な奇跡が今一度起きるなら、それを運命と変えてみせましょう。

10/2/2024, 11:30:41 AM