薄墨

Open App

あの虹の向こうに、何があるのか知りたかった。
あの山の向こう、あの空が続く先に、何があって、どんな景色が広がっているのか。
気になって気になって仕方ない。

遠くへ行きたい。
まだ見ぬ世界を見たい。
人の愚かさを伝える景色を、人の優しさを感じられる姿を、人のありのままを考えられる史跡を。
見たい。たくさん見たい。遠くへ行きたい。

そう。私は遠くへ行きたかったのだ。
人が好きで、この世界が好きで、何もかもが愛おしいから、いくら遠くにあっても愛おしいそれを感じていたいのだ。

遠くへ、遠くへ行きたい。
その一心で、私は冒険家になった。

テントを担いで山を登る。
ヨットの帆を操り海を渡る。
縄を投げて岩山を登る。
ハングライダーを背負って空を滑空する。

山頂には純白の雪がふわふわと積もっている。
海の小波は太陽に照らされて細かく煌びやかに輝いている。
険しい岩山の切り立った角度は独特の印影を地面や岩に投げかける。
空はくるくると表情を変える。

植物は絡み合い、日光や養分を醜く奪い合いながら美しく多様に茂る。
動物は怯え合い、利己的な欲望を晒しながら醜く食い喰われ、美しく多様な生態を飾る。
人間は憎み合い、愚かにも殺し合いながら醜く生き延びて、美しく多様な生き様を残す。

私はその全てが好きだった。
だから、私は遠くへ行きたい。
遠くへ行って、醜く利己的で美しく多様な生き物を、自然の営みを、地球を、何もかも網膜に焼き付けたい。

私は今日も冒険へ出る。
靴紐を結び、荷物を背負い、朝日に挨拶をして。
私は遠くへ行きたい。
遠くへ行って、全てを網膜に焼き付けるまで。
遠くへ、遠くへ行きたい。

7/3/2025, 1:53:25 PM