田中パラレルワールドシリーズ1
快晴。コバルトブルーの絵の具を空に直接塗りつけたような青空が広がる中。……とは言うものの、これといって突飛なことが起きる前兆ではない。
あるとすれば田中。田中のみ。
地上では、田中は自室に引きこもってメイクに初挑戦していた。
ボロアパート2階の左から数えて2番目の部屋。
部屋の狭さは目に余るが、棚にきっちりと揃えられたペンライトや限定ブロマイドに推しの海口百恵の壁紙ポスターがまだ安心を誘う。
メイクをするのは、初めてオタク友達と出会うからだった。
さて、ここまで来て田中は女だと思ったことだろう。
希望を打ち砕くようで申し訳ないが、田中は男である。
気弱だけどオタ活と仕事だけはシャウトが出来る男である。
ちなみにメイク道具一式は会う予定のオタク友達に教えて貰ったものだ。すべて高かった。財布と田中がワンと泣いた。
話は戻り、メイク初挑戦に至る。
(まずは……眉毛、か?)
眉は四方八方に伸びすぎているところをスクリューブラシで整え、少しずつ切っていく。
「あ」
しかし失敗した模様。
眉尻を切り過ぎた。これではコウメ太夫になってしまう。
改めて、今度は眉頭の方を切る。
「お……おおおおお」
今度はちゃんと切れたようで、ハゲマルドンを観た並みに感動した田中。
その調子で左右どちらも整えたあと、産毛も髭も剃った。若干毛を剃った所に青さが残ったが、そこは後でファンデーションでカバーするとしよう。
膝に手を付き、よっこらせと立ち上がる。
顔についた眉毛を落としに洗面所で洗顔をした。
……が、田中は気づいてしまった。
洗面所の鏡に恐る恐る手を伸ばして、そっと映っている自分に触れた。
「右眉と……左眉の高さが……違う」
空は晴れているが、ところにより雨でしょう。
特に田中の心は。
3/25/2023, 3:17:40 AM