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お題「善悪」

正しくなんてありたくない

僕は痛むお尻を軽く押さえ、眼前を睨みつけた。

だってそうじゃないか
正しい事をした所で、いい事なんて何もない
気持ちいい思いをするのは、いつも悪い奴と決まっているんだ

さっきだってそうだった

青信号になって歩き出した僕の目の前を駆け抜けたのは、他人の事などお構いなしと言わんばかりのバイク。
尻もちをついた僕を心配して寄って来た人達に、僕は何故か恥ずかしくなって、そそくさと謝って早足で去った。

世にはばかるのは、いつも悪い奴だ
政治家だって、有名人だって、こんな悪い事をしてましたって、しょっちゅうニュースになるじゃないか
だから僕は、正しくなんてありたくない
社会の犠牲になんて、なってたまるか

そんな恨み節に没頭していた僕の足に、落ちていた空き缶が当たり、からんと音を立てる。
僕は憤慨していた余韻を残しながらも、少し迷うと、蹴り飛ばした缶を拾い、近くのゴミ箱まで行って中に落とした。

教室に入った僕は、友人との挨拶もそこそこに席に座る。

今日は学期末の、苦手な英語のテストの日。
意地悪な大人達が、普段の安寧を恨んで、僕達生徒を上から目線で値踏みする日だ。
クラス全体が平穏を装いながらも、どこかピリついている。

でも、今日の僕は一味違う。

お尻の痛みに顔をしかめながらも、僕は軽く意気込んで、教科書とノートを広げる。
教科書を立てて手元を隠すと、ノートで勉強するふりをして、机の下の方にこっそりとペンを走らせた。
薄っすらとそこに残ったのは、教科書に書かれている英語のテキスト。

やってやる

お尻の痛みが熱になって、脳まで登ってくすぶっている。
周囲の張り詰めた空気に当てられながらも、僕はまるで、世界に一人だけでいる様な気分になっていた。

やがて、先生が入ってきて、強張る生徒の事など、知った事ではないというふうに、朝の話を始める。
逸る気持ちでそんな説教を素通りさせていた僕だが、時間が経つにつれ、徐々にさっきまで頭の中に籠もっていた熱が、どういうわけか、冷えて固まっていく。
やがてそれは、2人の人の様な形になって、僕の左右から囁き始めた。

右側から天使が訴える
やめるんだ。みんなが努力しているのに、君だけずるするつもりか

左側の悪夢が誘惑する
誰かに迷惑かかるわけじゃないから、構わないだろ

右から天使がまた訴える
そういう問題じゃない。自分が卑怯者だという事実は、ずっと消えないんだ

左の悪夢がさらに誘惑する
この世に卑怯じゃない人間なんているか? この程度の事で騒ぐなよ

みんながテスト前の緊張にいるのに、僕1人だけは、頭がぐるぐる。
これなら普通にしていた方が楽だったんじゃないかという程、頭の中で、天使と悪魔がはた迷惑に殴り合っている。

とりあえず自分の力でやってみて、それでダメだったら、もう一度考えよう。
戦いに疲れた天使と悪魔は、そういう方針で休戦した。

やがて、先生の話が終わると、いよいよテストが配られる。
僕は、他の人と同じように、前の席から用紙を受け取り裏にすると、頭の中のでへばった2人と、お尻の痛みを振り払い、目の前の課題に集中する。

チャイムの音と共に、教室の全員の手が一斉に翻り、テストに食らいついた。



表になった問題用紙を見て、固まる。

テストの出題範囲、間違えてた

呆然とする僕をよそに、周囲からはカリカリとペンを走らせる音が、無機質に鳴っていた。

4/27/2026, 9:45:15 AM