「おーてえーてー、つーないでー」
私の手を握りながら娘がずっと繰り返し歌う。幼稚園で習った曲なのだろうか。きっと童謡の一つだろうが、あいにく私の記憶にはない。
娘が私の手を握りながら、腕をブンブン振る。
「おーてえーてー、つーないでー」
娘の丸っこい目と目が合った。私をじっと見ながら繰り返し同じところを何度も歌っている。
まさか、続きを催促されているのではないか。
私は困ってしまった。私はその歌を今日初めて聴いた。娘のおかげでおそらく歌い出しの部分は完璧に覚えた。
でも続きは何も出てこない。それっぽい歌詞にテキトーなメロディをつければ成立するだろうか。ただ私には替え歌のセンスは皆無だ。娘をがっかりさせて終わるだろう。
困って顔が引き攣る私。
私の手を握りしめてブンブン振り回して歌う娘。
そばにいながら黙ってスマホを眺める夫。
誰が見ても異様な光景に、思わずため息が出た。
もう流石にギブアップだな。
どんなに考えても答えを知らなければ、何も思いつかない。
何かを期待している娘に謝ろうと、口を開きかけた。
「そろそろ野道歩いても良くない?」
夫が突然そう言い始めた。変わらずスマホから目を離さないが、話は聞いていたのだろう。チラッと私に目配せしてきたが、残念ながら私はその歌詞を知らない。
私は夫に向かって首を振ると、夫は目を見開いて驚いた様子だった。目の丸さ加減が娘にそっくりだと、全然違うことを考えてしまった。
「のみちは、イヤ!」
娘は歌うのも私の手を振り回すのもやめて、大きな声を出した。
「のみちは、オニと、オオカミと、ライオンと、ムシと、あと、あと、ヘンなオジサンがいるから、イヤ!」
鼻息荒く主張した娘に、一瞬の静寂の後、私と夫は体を捩らせて笑った。
『手を繋いで』
12/9/2024, 11:38:09 PM