一介の人間

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未来

とある三兄弟のお話。

次男より。

 『最近思うんだ。』と、兄が言う。『変わっていくことが多過ぎて、これからついていけるか不安だ。』と。そんな、と。普段から最新の物事を扱い、数多くの仕事をこなすこの兄が言うのは、なんだか違うような気がして、『嘘つけ。』って、気付いたら口をついていた。いつも通り、感情の読めない微笑みをたえた兄の顔がこちらを向いて、『ほんと。』って、やけに優しく言うもので、何故だか無性に涙が出そうになって、鼻がツンとした。少し俯いて眉を顰めていると、兄の手が伸びて己の眼鏡を耳から外して、取っていってしまった。
 今、こうやって生活していることは奇跡なんだと思う。あんな家に生まれてから、ずっと目の前だけを見てきた。真っ暗で、ただ一筋のレールが敷かれただけの、狭い視界。ただひたすらに言うことを聞いて、そうしていればいつか愛されるじゃないかと期待して。...そうして全て無駄だったことに気がついて。
 未来なんてなかった。ただ今が一生続くのだと思っていた。でも今は違う。だだっ広くて、息の仕方も自分で考えなきゃならなくて、不愉快なことの方が多いここは、この兄と、あの弟がいれば何も恐ろしくなどないのだ。忙しない、時というものは、場合によっては視野を狭める。しかし、狭めるにも広いものがなければ意味はない。今、未来を感じることの出来る今に、なんだか涙が出そうだ。

6/17/2024, 3:08:49 PM