「愛があれば何でもできる?」
君は、君と僕しかいない静まり返った教室で聞いた。
「何でもって?」
よくわからない質問を唐突にされるのはもう慣れた。
君は、最初から変な人だった。生きるとか死ぬとか、その手の質問が大好きで。
ある日は死んだらどうなるか。
ある日は生きる意味とは何か。
どこから思いつくのかどこで見るのか、そういうことばかり聞いてきた。
授業中は一言も話さず僕にも目を向けることすらしないのに、放課後になると饒舌に話し始める。
「殴る、盗む、殺す、犯す…とか。相手を助けるためになら、できる?私はできる。愛する人を助けるためなら、何でもする。」
答は分かっていた。君はそういう人だ。
不安定な君は、ワンピースを着て、見てと言ってくる子供のようにくるくると回る。
スカートの内、細くて白い足に青や黄色い何かが見えた。
きっとそれについて僕が聞いたら、もう二度と君が放課後、教室にいることはなくなるんだろう。
「本当に?」
「本当に。できる?できない?」
いつものようにな軽薄に話す君だけど、今日はどこか…声色に、真剣なものが混ざっていた。
「できるに決まってる。相手の命がかかってればね。」
その言葉を聞いて、君は目を見開いた。
「本当に?」
「本当に。」
僕は、愛する人を明確にして答えたから。
だから、できる。
「…わかった。」
君は間をおいて意味深に呟き、教室の窓を開けた。
確かに、今日は猛暑日。体に張り付くシャツが気持ち悪いし、熱くて湿った教室も夏ならではの匂いがする。
だけど、君は暑いのが好きだから窓を開けたりなんてそうしないはずだ。
「何で急に窓なんて………え」
無意識に漏れた、え。
君は窓枠に足をかけ、いつもどおりの爽やかな笑顔を僕に向ける。
「ねえ、命がかかってればできるんでしょ?」
叫んでいるわけではないが、君にすれば大きな声で話していた。
風が教室に入ってきて、カーテンが揺れる。汗が乾く。蝉の音が聞こえる。
「じゃあ、一緒に死んでくれる?」
僕はひとつ、息をつく。
そんな気はしていた。足についた痣、ぎこちない笑顔、軽口。
僕はそれが全部、大好きだった。
「…勿論!」
僕は恐怖なんて微塵も感じずに窓に近づいた。
「え、ほんと?」
「ほんと。君の最後の相手に選んでもらえて嬉しいよ。」
君は不思議そうに首を傾げてから、まあいっか!と言って吹っ切れたように笑った。
僕は君の手を取り、窓枠に乗り上げる。
「…あのさ、最後にいい?」
「いいよ。」
一つだけ、言っておきたいことがあった。
思えば僕はいつもこの事を考えていた。
「気持ち悪いかもしれないけど…君が終わるならその時横にいるのは、世界中を探しても僕しかいないと思ってたんだ!」
君は一瞬呆けた顔をして、何か、愛おしいものを見つめるような視線を僕に向けた。
「私も、私の最後に君がいたらいいなって思ってた!」
その瞬間、君は僕に抱きついてきた。
体に落下感を感じる。
風がシャツを吹いて、どこか涼しい。
煩いほど鳴く蝉の音に囲まれ、風に撫でられながら落ちていく。
「ありがとう!」
君は大きな声でそう言って、僕の唇に口づけを落とした。
「…うん。ありがとう!」
君には恥ずかしくて言えないけど。
これは僕達の最期に、相応しい結末だった。
5/16/2024, 10:42:54 AM