【何もいらない】
君を救えるのなら何もいらない、とあの日、そこから先の未来を捧げて、10年前の過去に戻った。
明日で、あれからちょうど10年経つ。
君を滅ぼす原因は取り除かれた。
今、目の前には、君の眩しい笑顔がある。
“あの日”になくしたものが、ここにはある。
幸せだなあ、と思う。
寂しいなあ、とも思う。
明日、私は死ぬ。この幸せを感じることはなくなる。
“あの日”、時間遡行の奇跡を起こす代わりに、ここから先の未来は要らないと、世界に差し出したからだ。
君はこのことを知らない。私が君を救ったのは、私が勝手にやったことで、その影響で私の命が消えることなんて、君は知らなくていい。自分のせいで、なんて思われたら堪らない。
私は、自ら望んで、この運命を受け入れた。
それなのに、この幸せを失うことに、明日より先の日々がないことに、猛烈に寂しさを覚えてしまう。
君の笑顔を取り戻したくて、それ以外は要らなかったはずなのに、矛盾している。
「は?」
ご機嫌に話していた君が、急にぎょっとした顔をする。
私は訳が分からなくて、見開かれた君の目を見返す
ことしかできない。
「何で泣いてんの」
そう言われて初めて、自分の視界が歪んで、頬を雫が伝っていることに気づいた。
「あれ、おかしいな、なんでだろ。わかんない」
私は後から後から流れてくる雫を拭いながら、何も分からないふりをする。
「そんなにこすったら、腫れるよ」
君がハンカチを差し出してくれる。
「ごめんね」
私は受け取って、目に当てた。ハンカチからフワッと君の香りがして、余計に涙が止まらない。
“あの日”は本当に、君を救えるなら何もいらないって思ったのに。
幸せに笑う君の笑顔が守れるなら、それだけでよかったはずなのに。
いつの間にか、これから先を、『もっと』と望むようになっていた自分に気づいてしまって。
勝手で、欲張りで、わがままで、ごめんなさい。
「ごめん、ごめんなさい……っ」
言葉が口からこぼれ落ちた。
ふと、頭の上にあたたかい感触がした。
見れば、君が困った顔で私の頭を撫でてくれていた。
「よしよし。全然何もわかんないけど、大丈夫だぞ〜。泣き止むまでそばにいてあげるから、涙出せるだけ出し切っちゃいな」
優しい声だった。
これまでの君との思い出が脳内を駆け巡る。
愛しい。大好き。
「ありがとう」
自然と気持ちが音になる。
「どういたしまして」
君が微笑む。
大好きな君が、ここにいる。
明日、私の命は消える。
“あの日”から取り戻した幸せを抱えて、もっと先を望みながらも、それでも、私は逝く。
寂しい。苦しい。
けれど、きっと君の人生はその先も続いていくから。
それでもいいと、今は思えた。
4/20/2026, 11:10:25 AM