「見て、沈む」
「綺麗だね〜」
とうに終わりだった。足元を濡らす海はつつがなく満ちゆく。現実的な光だけが空を照らした。あかいあかい夕焼けだった。
「もうダメかぁ」
ぽん、と小気味よい音を立てて瓶を開ける。ざらりと錠剤を手のひらに出す。
「ほい」
「ありがとー」
ふたり流れ着いて数ヶ月。この建築物が徐々に沈んでいることに気がつくのに、そう時間はかからなかった。
だからと言ってどうも出来なかった。懸命に狼煙を炊いても、漁船ひとつ見えはしない。座標はおろか、海域も分からない。ここは一体どこなのか。
拳を握ると、ぎっ、と薬の糖衣が擦れる音がした。
「あ、最後一服よき?」
「もちろ〜ん」
彼女はポケットに錠剤を突っ込むと、タバコとライターを取り出した。小柄な体格にはどうも似合わないそれをふかす。
幸いにしてここにはある程度物資があった。私達は死までのつかの間の猶予を、探索と娯楽に費やした。
「ふー……」
「屋上、まじ寝心地悪かったね〜」
「それはガチでそう。最後くらいふかふかにせえやって感じー」
副流煙。気にする気にはもうならない。磯の香りを、キツいミントがかき消す。もう足首まで冷たい。
「終わりか」
「終わりだねー」
あっ、と声がした方を見ると、タバコが水面に流されて沈んでいくのが視界の端に写った。
「あぁ、ラスト一服……」
「どんまい」
手のひらを開くと、手汗で薬がベタついていた。特に取り出す必要は無かったかもな、と今更思った。
「いくか」
「しゃーなし」
ずるりとふたりでフェンスに体重を預けて座り込む。
「あ、冷たっ」
「うぉ〜、おしり冷える……」
「ま、これからうちら全身ヒエッヒエになるけどね」
「笑えな〜」
ちゃぷんと波の音がした。息を吸う音がした。
「せーのっ」
甘い。噛み砕くと苦い。嚥下しても相変わらず不味かった。
「おえ」
「はい、第二陣」
「不味すぎて先に死ねる」
「置いてかないで?」
「分かってるよ」
……数十、百は超えたか。日はもう沈んで、暗い。寒い。
肩に体重がかけられた。ぬるい彼女は、遅い呼吸をしている。それに妙な安心感を覚えて、そのつむじに頬を埋めた。
先程置いた空瓶が、もう波に攫われていく。ふと目を閉じると、開かない。見えない中で、背を濡らすほどの波が跳ねて、飛沫が首筋にかかる感覚がした。
4/7/2026, 11:40:08 AM