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透明な羽根(オリジナル)

「王子、マジ天使」
手に持ったジョッキを机にドンと置きながら、私は友人に力説した。
「また出たよ。あー子のオタク特有誇張表現」
友人は呆れたように笑うが、今日の私は一味違っていた。
スマホ写真を友人に突きつける。
「いつもそう言うから、ほら、これ!」
「うっわ、マジイケメン!!」
会社で盗撮した王子の横顔である。
あまりの美しさに、友人がスマホごと私の手を握って叫んだ。近眼かとツッコミたくなる近さで画面を凝視している。
「え、ちょっと憂いを帯びたこの雰囲気、エロいね」
「でしょでしょー」
「これで、困ってると助けてくれちゃうんでしょ」
「そうそう。地獄耳でさ、どこにいてもすぐに飛んできてフォローしてくれるの。誰にでも優しくてー、格好良くてー、もー皆のアイドル!王子なの」
「目の保養羨ましい…それだけで会社行きたくなるってもんだよね」
「わかってくれるか、友よ」
とはいえ、彼は転職入社組である。結構頻繁に転職しているらしく、あの見た目と物腰から、女関係で揉めるか男の嫉妬で転職を余儀なくされているのではないかと勝手に妄想している。
私は腕を組んでうんうんと頷いた。
友は真剣に写真を見ていたが、訝しげに眉間に皺を寄せた。
「これ」
「ん?」
「彼、背中に羽生えてない?」
急にそんなことを言い出すので、思わず吹き出して笑ってしまった。
「あっは!マジ天使だけど!羽とか!頭に輪っかも見える?」
「いや、輪っかは見えないけどさ、この椅子の後ろのところ、うっすらそれっぽく見えない?」
友は霊感が強く、良く心霊写真などを見せてくれる。が、自分は全くわからないので、正直彼女が本物なのか、何かを精神的に抱えているのか、未だわからずにいる。
今回もこれまでと同じで、私には全く何も見えなかった。
「天使の羽生えててもびっくりしないけどね。いや、むしろ加工してつけたいまである」
「まぁ…似合いそうだけど」
友人はずっと首を捻っていた。

その帰り道。
なぜか人気の途絶えた細道で。
「やぁ、こんばんは、奥田さん」
まさかの。王子と遭遇した。
友達とまだ一緒だったので、ふたりして飛び上がる。
夜の闇も彼の美しさを損なうどころかいや増していて、思わず悲鳴が出そうだった。
「あっ、こっ、こんばんは」
なんとか声を捻り出す。
王子は美しい微笑みを浮かべ、
「ご友人とふたり、一緒に来ていただけますか?」
と言った。
「へ?」
バサリ。
王子の背に、翼が見える。
「私のことを、天使だと吹聴して、写真まで撮って、そちらのご友人には、この羽も見えているようでしたので」
黒い、翼。
「せっかく隠している正体を広められては困るんです。なので」
神隠しにあってもらいます。

何を言われているかわからなかった。
王子が瞬間移動のように迫ってきて。

黒い翼がふたりを包んだとたん、
その場から、三人が消えた。
黒い羽根が数枚、ひらりと宙を舞い、三人が消えると同時に透けて消えた。
道に人気が戻り、何事もなかったかのように、日常が戻る。

ふたりのいた痕跡は消えた。
彼はまた転職する。
正体を隠し、快適な暮らしを続けるために。

11/8/2025, 11:54:55 AM