Werewolf

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【春爛漫】

 穏やかに細切れの雲が浮かぶ青い空。柔らかく流れる風が花弁を攫っていく。ひらひらと舞い散るそれが並木を埋めて、休日の朝を行く人々の足取りもどこか軽い。しばらく姿を見なかったブチの猫が塀の上で欠伸をし、軽い上着だけ着込んだ主人に連れられた犬はしきりに空中で鼻を蠢かせている。小さな雀が土の上を啄み、そこらじゅうでアリが更新している。
「季節が巡んのは早いねぇ」
「教授、それジジくさいです」
 校舎一階の印刷室で、手摺りした今季のレジュメをまとめていた助手が肩を竦める。
「サボってないで、ちゃんと終わらせましょうよ」
「サボってなんかないよ、いいかい、僕らのやるような学問はね」
「「観察することが何よりも大事」」
 声が重なって、教授はほうれい線を深くした。助手は片眉を上げてふうっと吐息する。言外に続けろ、という圧。手にした携帯電子タバコ──水蒸気式のものを口にして、ふぅっとミントの香りのする煙を吐き出す。
「それは血眼になって詳細をとにかく見極めようとするようなものでなくてもいい、ちょっと遠目に眺めて、ぼんやりとしていて見えてくるものもある」
「その通りだ」
「何年やってると思ってるんですか」
 教授はやれやれと肩を回して、手近なプリントを手繰り寄せた。A3サイズのプリントを三種類、いずれも四つ折りにするだけだが、講堂が広い場所を割り当てられているので、最大人数分の七十組必要なのだ。
「そうだ、四年目か。君、そろそろ論文でも出したらどうだい」
「……どうでしょう」
 助手は再び肩を竦めて、小さく吐息する。
「論文を出しても、テーマがテーマなんで……助教、なれますかね」
「推薦はしておくとも」
 教授は微笑んで手元の紙をぱたん、と折った。そこにするりと窓から入り込んだ花弁が乗る。
「君は君が思うよりよく見てるよ。テーマも絞れてる。新規性も必要だが、再現性を確定的にしていくのもありだ。適度にやれば適度に成果になるさ」
 だと、いいんですけど、という小さな呟きは、外から聞こえてきた子供達の声にかき消された。

4/10/2023, 4:34:41 PM