マナ

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私は変態だろうか。


いつもの、前から5両目の、自動ドア付近で音楽を聴いている彼。

目を閉じて、身体を揺するでもなく、座席のエンド側に長身を少し預けている。

私は、彼とは対角線上の自動ドア付近に立ち、彼を横目でちらりと眺めていた。


今年最初の真夏日となった今日、車内はエアコンが稼働しているとはいえ、自動ドア付近に立っていると、湿気を含んだ生ぬるい外気とエアコン若干の冷気が混合して肌を撫で、べとつく嫌な感触がしていた。

車内全体が湿気を孕み、これ以上混雑すれば、衣服が肌に貼り付くような不快感が増すに違いなかった。


けれども、私の目に写る彼が纏う空気感は、別物だったように思う。

どこか俗世離れしたような、深緑の中のような心地よいひんやりした空気。

彼と彼の周りの空間だけが切り取られたような錯覚を起こしそうだった。


私は、眼鏡を外して額に浮いた汗をハンカチで拭いた。ついでに鼻の頭も、ぽんぽんと軽く叩く。


小学生の頃、あれも真夏日だった。

クラスの男子に、鼻の頭に汗をかいているところを嗤われたのだ。


「浜里の汗、樹液っぽくてきしょいわ~。」


それから、男子間での渾名は『浜里カブト』とか、ただの『カブト』とかになった。

第二次性徴期に差し掛かる時期だったこともあり、私にとってはあまり思い出したくもない苦い記憶だ。


私は眼鏡をかけ、改めて彼をちらりと見た。


相変わらず、エンド側に背を預けている。

その首筋が少し汗ばんでいることに、私は気づいた。

まるでオートフォーカスされたように、私の視線は彼の首筋に釘付けになり、「なんて、艶っぽいんだろう」と思った時には、頬が一気に火照りだした。

変態か、私は。

彼の汗ばんだ首筋に見惚れてしまうなんて。


汗の雫は、醜悪の対象でしかなかったのに。

彼の其れは、違って感じられた。


#雫

4/22/2024, 1:01:47 PM