「喉の酷使、アルコールによる影響、除湿機不使用による喉の乾燥、風邪による炎症。あと加齢。
まぁまぁ、声が枯れる理由は多いらしいな」
ガンとかポリープとかでも声が枯れることはあるのか。某所在住物書きはネットの情報を確認しながら、そもそもの声枯れの原因を探した。
風邪ネタに飲酒、季節的な保湿物語にカラオケも書けそうではある。問題は「実際に」書けるかだ。
「声枯れねぇ」
そういや、最近そもそも会話する機会自体減った気がする。物書きはここ数年の会話回数を想起する。
「声って、出さねぇと声帯が衰えるらしいな」
そういえば最近、声がたまに、かすれる。
加齢か。あるいは声帯筋肉の老化かもしれない。
「……まめまめまめまめまー……」
声が完全に枯れる前に、ボイトレか何かで筋力を回復したいが、どうだろう。
――――――
最近最近の都内某所、某職場の本店近くに、酒とおでんが絶品の「蕎麦処 蛇上分店」なる店がある。
深夜に手押し屋台での営業もしているという噂だが、さだかではない。酒ならなんでも飲む店主が、周囲の職場に生きる複数名の昼休憩を支えている。
店主は物静かだが、バイトがやんちゃで元気。
らっしゃいあせェ!8番卓天蕎麦2入りましたァ!
声が枯れるまではいかないが、張り上げている。
店主の静かさとバイトの元気のギャップが、名物といえば名物と言えなくもない飲食店であった。
さて。
「イヤガラシーな五夜十嵐の件から、約1ヶ月だ」
そんな蕎麦処、5番卓のテーブルで、大盛りの肉蕎麦などすすっている宇曽野という男。
「地味な嫌がらせを食らったようだが、あれから、どうだ。何事もなく仕事できてるか」
向かい側で真剣に考え事をしている親友、藤森に向かって、届いているんだか聞こえていないんだか分からぬ言葉を、それでも投げている。
「……」
パッ、ぱっ。 鶏ネギの温かいつけ蕎麦の、つけダレに七味を振りながら、藤森はどこか上の空。
勿論視線はタレを向いているのだ。
見えていないに違いない。
辛味好きでもないのに少々「振り過ぎ」ている。
まぁ、そういうのを食いたくなるときも、こいつにだってあるのだろう。宇曽野は見て見ぬフリ。
「一応総務には、五夜十嵐がこれ以上妙な真似をしないよう、言いつけてもらった」
経緯説明しながら肉を食う宇曽野と、
唇を真一文字に結び、時折七味を振る藤森。
「ただ、専務が妙な情報を仕入れたらしくてな」
藤森のつけダレを見なかったことにする宇曽野と、
宇曽野の声がおそらく届いていない藤森。
ぴたり。藤森の七味が止まった。
考えがまとまったらしい。
「うん」
数度、小さく頷いた藤森は、忘我のまま箸入れから箸を取り出し、蕎麦をつけダレにくぐらせて、
ちゅるり、真っ赤なつけダレから蕎麦を引き上げて空気を含みながらすすった。
「……っ!! が、ぐッ!げほ!ゲホッ!!」
喉をつかみ口をおさえて、ひとしきり咳き込んで――いや、むせたのであろう。
藤森はそれが収まってから、コップの水を一気に喉へ流し込み、卓上から2杯目を注いだ。
「無事か?藤森」
「だぶッ、たぶん、ぶじだどおもうが、げほッ!」
「つけダレ、変えてもらうか?」
「めいわぐが、かかる、だいじょうぶ、……っぐ」
「すいません。つけダレのおかわりを」
「うぞの、うその。いらない。だいじょうぶ」
ゲホゲホ、けほけほ。唐辛子が喉の「ひどいところ」にくっついたらしく、藤森は大惨事。
つけダレおかわりの名目で、バイトが情けをかけて宇曽野のオーダーに追加50円で応じている。
声が枯れるまでの量を藤森が投下する前に、気付かせてやった方が良かっただろうか。
宇曽野は赤い赤い方のつけダレから鶏肉とネギを救出しながら、藤森のコップに3杯目の水を注ぐ。
「何を考えていた?」
「ちょっと、きのうの、でぎごとを」
「昨日?」
なにやらまた、ひと騒動あったらしい。
七味を適度に払って、宇曽野は辛口の鶏肉を舌にのせた――なかなかピリピリしていた美味い。
勿論、適度な量まで七味を落とせばの話である。
10/22/2024, 3:00:44 AM