触れられない…
彼女が言った。
「少しだけでも……いい人でいたかったの。」
その言葉が、胸の奥でいつまでも響いていた。
本当は彼女が弱いんじゃない。
弱かったのは、ずっと俺の方だった。
会いたいと言われれば無理して会いに行った。
寂しいと言われれば、抱きしめずにはいられなかった。
家庭があるくせに、彼女の温度に依存していた。
彼女が“いい人で終わろう”とした理由なんて、
本当は最初からわかっていた。
俺のためじゃない。
誰も傷つけたくなかった彼女自身のためだ。
本気で好きになってしまったのは、
他でもない俺だった。
でもそれを認めた瞬間に、何も守れなくなる。
だから最後の夜、
彼女が泣きそうな笑顔で背を向けた時、
追いかける足が一歩も動かなかった。
守りたいものが二つある男は、
結局どちらも救えない。
駅前の風が冷たかった。
彼女の影が完全に見えなくなったあと、
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……あぁ、君を選べたらよかった。」
その一言だけが、
俺の中でずっと触れられないまま残っている。
11/20/2025, 12:03:34 PM