ご卒業おめでとうございます。
あなたがいるからがんばらなくちゃと
思えたこともありました。
卒業したら、人対人、なので。
またいろいろお話できることを
楽しみにしています。
ㅤ高校の卒業式の日にもらった担任からの言葉だ。
ㅤあの日、卒業式が終わり、教室で順に担任から卒業証書を渡された。並んだ写真を撮られたけど、シャッターが押された瞬間、私は反射的に横を向いてしまった。
ㅤ全員に証書を渡し、担任は穏やかな笑顔で短い連絡事項を伝えた後、教卓に目を落としてほんのしばらく沈黙してから、
「それでは皆さん、また会いましょう!」
ㅤと顔を上げた。変わらず笑ってはいたけど充血したみたいに目が真っ赤だった。
「やだ先生泣かないでよ」
ㅤ誰かが言ってすすり泣きが続き、それを遮るように日直が最後の号令を掛けた。
ㅤ
ㅤその後不思議な高揚のなかで、卒業生たちは卒業アルバムにカラフルなペンを走らせた。最後のページは寄せ書きができるようにスペースが取られているのだ。誰が持ってきたか分からない大量のサインペンがいつの間にか置かれており、回ってくるアルバムにみんな片端から名前とメッセージを書きつけていた。私はその都度表紙をひっくり返して持ち主を確認し、せめて『さん』付けの宛名を入れた。
ㅤようやく自分のアルバムが戻ってきた。寄せ書きのページを早速開く。
『元気で頑張ってね』
『また集まれたらいいね』
『B組よ、永遠なれ!』
ㅤさっき書いていた時に見たメッセージが、楽しげに踊っている。そしてその中に、担任の右肩上がりの文字を見つけた。教室に担任の姿は無かった。私は隣の子のアルバムを盗み見た。反対側の子のも見た。みんなに書いたわけじゃ無いらしい。私のアルバムを選んで書いた……?
ㅤ何かが私を突き動かした。アルバムを抱き締めたまま、職員室を目指して駆けた。階段を駆け下りて渡り廊下を走る私を誰も咎めたりはしなかった。
ㅤ職員室手前の廊下の水道で、あなたは濡らしたタオルを目に当てていた。天井を見上げるような姿勢の横顔に私は言った。
「人対人なら、連絡先、交換してください!」
ㅤ疑問形でも依頼でもない、断定の物言いを私は選んだ。あなたが弾かれたようにこちらへ顔を向け、濡れたタオルが床でペチリと不満気な音を立てた。
ㅤ春風とともに、私は今年も思い出を噛み締める。
ㅤ今は一緒に暮らすあなたとの、あれが多分はじまり。
『春風とともに』
3/30/2025, 3:23:19 PM