雪川美冬

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「好きだよ、天莉くん」

 中学3年の冬、卒業式の日に告白された。2個上の高校に上がった先輩に

「タチの悪いイタズラで後輩を弄ぶなよ愛鈴さん」
「相変わらず生意気だねぇ〜、勇気を振り絞った先輩に言うセリフ?」

 間延びした口調で鈴の音のように笑う先輩。
 本気で告白していないことがよくわかる態度。
 でも俺にはそれがちょうどよかった。俺には愛や恋なんてわからない。家に帰ればクソ親父は家を告げとしか言わない。母親は顔さえ知らない。生きてるの死んでるのかさえ知らない。そんな環境で育ったから、愛情なんて感情がよくわからない。

「でもまぁ、卒業おめでとう〜!お祝いになんでもご馳走してあげるよ?」

 だからこの人の距離感がちょうどよかった。必要以上に踏み込んでこないで面倒見てくれるこの人との距離感が

「じゃあたこ焼きで、そこに売ってるし」
「卒業祝いで食べるものがそれでいいの?天莉くん」

 学校を出てすぐのところにある屋台のたこ焼き屋を指差せばら愛鈴さんは不満そうにしていた。安く済むならそれでいい気がするのに、唇を尖らせて「えぇー、」と唸る

「なんでもいい」
「ならあたしが今食べたいものにしよ〜!というわけでオムライス食べよ!オムライス!!」
「それこそ卒業祝いで食べるようなものか?」
「ふっふっふ、オムライスはオムライスでもドレスドオムライスだよ〜、ふわっふわっだよぉ〜?」

 単に愛鈴さんの好物なだけな気がするが、奢ってもらえるならなんでもいいやと着いて行く。着いて行った先にはショッピングモールのフードコートが立ち並んでいた。
 絶対に卒魚祝いで連れてくるような場所でない気がする。
 それでも嬉しそうな笑顔で2種類のオムライスを持ってきた愛鈴さんをみてまぁいいやってご馳走になることにした。

「……うまっ」
「でしょ?美味しいでしょ!ここのは絶品なんだよぉ〜」

 ドヤ顔で笑う愛鈴さん。口の周りにケチャップがついていて格好がついていない。

「あっ、こっちもあげる!口開けて〜」
「は、はずかしいから……ムグ」

 断ろうとしたのに口の中に無理やりねじ込んできた。少し咽せるも、ちゃんと美味しい。
 俺のはデミグラス、愛鈴さんのはケチャップのオムライス。
 どちらもちゃんと美味しかった。

「さてと、天莉くんあたしと付き合って?」
「はぁ!?」

 吹き出さなかったのを誰か褒めて欲しい。

「その話はさっき終わったろ!!」
「嫌だなぁ、あたしが冗談やイタズラで告白なんかするわけないじゃ〜ん!ちゃんと好きだよ、天莉くんのこと」

 気恥ずかしくて顔に熱がたまる。「うそだ!」って叫ぼうにもその真面目そうに見つめる瞳に言葉が消えた。

「なんで?」
「天莉くんってすっごく努力家で頑張り屋さんであたしが困った時はいつだって助けてくれるから、かなぁ?」
「真面目に答えんなよ恥ずかしい」
「聞いてきたのは天莉くんなのにぃ〜」

 冗談だと嘘だと思い込めたらよかったのに。
 でも、そんな感情が愛鈴さんからは感じ取れなかった。

「だめ、かなぁ?」
「無理!」
「そっかぁ、でもさ」

 唇が軽く触れる。ファーストキスの味はオムライスの味だった。

——でも、今日だけは許してね

 蠱惑的な笑顔に絆されてしまった俺は悪くないと思う。だって俺は思春期の男だから

10/5/2025, 8:58:39 AM