千歳緑

Open App

誰よりも、ずっと



「はいよ、これあげる」
「コーヒープレス?」
「お、知ってたか。紅茶にも使えるから、いいっしょ」
「匂いついてるから要らない。……それ、親父の形見の一つだろ」
「流石。わかるか」
「お前が持っとけよ。薬缶もサイフォンもまとめてもらったんだろ?」
「まぁ道具は一式………一つぐらい、息子が持ってても…」
「死に目にも会えなかったのに?」
「……」
「…何年も会ってなかった実の息子より、愛するコーヒーの弟子の方が喜ぶだろ」
「………」
「………」
「…これ、コーヒーの匂い、しないんだ」
「は?」
「明らかに使用済みなのに。ほら、蓋の裏嗅いでみ」
「………紅茶、の匂い」
「師匠、たまに飲んでたみたいでさ。俺も亡くなってからこれ見つけて知った」
「………」
「………」
「…命日の、年一じゃなくて。もっと頻繁に、思い出してやってよ。これで紅茶淹れながら、さ」
「………」
「………」
「……やっぱ、要らない」
「っ、意地張らな…」
「こんなモンなくても、思い出せる」



 誰よりも嫌いだったから。
 誰よりも鮮明に思い出せる。
 物や匂いに頼らなくとも、ずっと。



「口喧嘩の記憶、ばっかりだけどな」







4/9/2026, 2:55:36 PM